入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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「百人斬り」記事 第一号

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/07/18 17:02 投稿番号: [114 / 2250]
第16師団は29日常州に進出しました。
ここで、向井・野田の両将校は、カメラマン佐藤振寿氏と会い、写真をとっています。


日本軍の二将校・百人斬り競争   〔昭和12年12月1日付大阪毎日夕刊〕

《【常州にて二十九日光本特派員発】 常熟、無錫間の四十キロを六日間で破った
○○部隊の快速はこれと同一の距離の無錫、常州間をたつた三日間で破ってしまった。

神速といはうか何といはうか、仮令 (たとへ) ようもないこの快進撃の第一線に立つ片桐部隊に、
「百人斬り競争」 を企てた青年将校が二名ある、

しかもこの競争が無錫出発の際初められたというのに、一人はすでに五十六人を斬り、
もう一人は二十五人斬りを果たしたという。


一人は富山部隊向井敏明少尉(山口県玖珂郡神代村出身)、
もう一人は同部隊野田毅少尉(鹿児島県肝属郡田代村出身)である 、

この二人は無錫入城と同時に直ちに追撃戦に移った際、どちらからともなく、
「南京に着くまで百人斬りの競争をしようじゃないか」 という相談がまとまり、

銃剣道三段の向井少尉が腰の一刀「関の孫六」を撫でれば、野田少尉も無銘ながら
先祖伝来の宝刀を誇るといつた風で互いに競争するところあり、

無錫進発後向井少尉は鉄道路線北六、七キロの線を大移動しながら前進、
野田少尉は鉄道線路に沿うて前進することになり、いったん二人は分かれ分かれになったが、


出発の翌朝、野田少尉は無錫をさる八キロの無名部落で敵トーチカに突進し、
四名の敵を斬り伏せて先陣の名乗りをあげたが、

このことを聞いた向井少尉は奮然起って、
その夜、横林鎮の敵陣に部下とともに躍り込み、五十二名を斬り捨ててしまった 、

その後野田少尉は横林鎮で九名、威野関鎮で六名、最後に廿九日常州駅で六名と合計廿五名を斬り、
向井少尉はその後常州駅付近で四名を斬り記者等(光本、浅海、安田各本社特派員)が

駅に行ったとき、この二人が駅頭で会見してゐる光景にぶつかった 、両少尉は語る、


<向井少尉> この分だと南京どころか丹陽で、俺の方が百人くらい斬ることになるだろう、
野田の負けだ、俺の刀は五十六人斬つて歯こぼれがたった一つしかないぞ

<野田少尉> 僕等は二人とも、逃げるのは斬らないことにしています、
僕は○官をやつているので成績があがらないが、丹陽までには大記録にしてみせる

  記者らが、「この記事が新聞に出ると、お嫁さんの口が一度にどっと来ますよ」と水を向けると、
何と八十幾人斬りの両勇士、ひげ面をほんのりと赤めて照れること照れること

百人斬り競争!/両少尉、早くも八十人 》



「トーチカに突進し、四名の敵を斬り伏せ」だって?

コンクリートで固めたトーチカの機関銃相手に、日本刀で突撃っての?
よく、生きて、たどりつけたね。

乃木大将の部下が、みんなこうだったら、二〇三高地は、犠牲者 0 で落とせたのにね。

向井少尉は砲兵隊の小隊長だから、大砲でやった方が早いのにね。
52人の敵兵は、たった一人の向井少尉に切られるまで、攻撃もせず待っていたのかね?

砲兵隊の小隊長が持ち場を離れて、敵陣に切り込みなどしたら、軍法会議にかけられるな。
その前に機関銃で蜂の巣になってるか。

まー、軍の検閲係も、これだけバカバカしいと、笑って通すだろうな。
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