12月22日 独逸大使へ和平条件案を回答
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/11/14 18:53 投稿番号: [1034 / 2250]
日本は、独逸大使への回答の和平条件案が、21日にやっとまとまったので
22日独逸大使に回答しました。
戦史叢書
『支那事変
陸軍作戦1』
466p
《 二十二日、広田外相は、ディルクセン独大使と会談し、
十二月七日同大使からなされた連絡に対する正式の回答を行った。
大使は
「これらの条件は、十一月二日のものをはるかに越えており、
私は中国政府による受諾は極めて難しいと思う」
と述べた。
外相は
「軍事情勢の変化と世論の圧力により、これ以外に各方面の意見を
まとめることができなかった」
と述べた。
また大使は
「余日の少ない年内に中国側の回答を期待するのは無理だから、一月五、六日ころまで
延期してはどうか」
と申し出たので、外相はこれを承諾した。》
同じ事を児島襄氏の
『日中戦争4』
257〜258p は 23 日の事として書いています。
《 広田外相は、十二月二十三日、駐日ドイツ大使H・ディルクセンをまねき、
前文と四条件を列記した英文覚書をわたした。
「和ヲ乞フノ態度」
なる表現は、さすがに不適当とみなされたものか、
英文では
「インディケイト……ア・デザイア・ツー・メイク・ピース」
(媾和意思の表明) となっていた。
広田外相は、また、四条件の説明の形で細目九項を概括的に読みあげ、
大使ディルクセンに筆記させた。
大使ディルクセンが、条件加重を指摘して、
「中国政府が受諾する可能性は極度に少ないと思う」
旨を述べると、広田外相は、
「戦況の変化」
と
「世論の圧力」
でこれ以外の条件は認められない、と応えた。
さらに外相は、交渉妥結までは日本側は作戦をつづける、
中国側の回答は年内に期待する、といった。
「それは無理でしょう。本使はベルリンに打電し、ベルリンが漢口の駐支大使に電報して、
また逆の経路をたどるほかに、中国側の検討の時間も必要です。
まず一月五、六日までは待たねばなりますまい」
「その程度なら……結構です」
広田外相は大使の勧告をうけいれ、
大使ディルクセンはベルリンに日本側条件を急電した。》
これは メッセージ 1032 (kireigotowadame さん)への返信です.
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