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12月18日 慰霊祭後の涙の訓示はなかった1

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/10/20 18:35 投稿番号: [1009 / 2250]
多くの本が、松井大将が慰霊祭のあと、

「おまえたちは、せっかく皇威を輝かしたのに、一部の兵の暴行によって、

一挙にして、皇威を墜してしまった」   と

泣いて叱ったと書いています。

そして、 「ある師団長などはせせら笑った」   とも。


こういう記述から、松井大将はこの時期、南京大虐殺を知っていた。

だから訓示したのだ、と大虐殺の証拠にされているわけです。



ところが、板倉由明氏の調べによると、これは間違いだそうです。

彼は、その著   『本当はこうだった南京事件』   日本図書刊行会で

  慰霊祭後の松井大将の   「涙の訓示」   は無かった。と言っています。


同書299p

《 しかし不思議なことに、参列者の記憶や一次資料によればこの日、

慰霊祭の後に訓示は無い。


例えば   「次イテ   軍司令官以上ノ玉串奉奠ヲ以テ   式ヲ終ル。

時ニ   午後二時四十五分頃ナリ」   (第十軍参謀・山崎正男少佐日記)   と

泣くも泣かぬもない至極アッサリしたものである。

ご本人の書いた松井日記はもちろん、派遣軍参謀長・飯沼守少将日記、

参謀副長上村利道大佐日記、その他すべて集めた限りの日記にこの   「訓示」   は無い。

また、掲載されたはずの英字新聞も、松本氏が   「絶対にあるはず」   とは

いうものの、今まで発見されていなかった


と書いています。



「チョット待て、お前の書いた   『1006   12月18日   慰霊祭と松井大将の訓示』   の中に、

早瀬利之著   『将軍の真実   南京事件   松井石根人物伝』   140〜142p   の引用として、


“飯沼守参謀長は、この朝の松井訓辞を、日記にこう記している。”


とあるではないか。」

と言われるかもしれません。



ところが、飯沼守少将日記を子細に調べてみると、

これは午前二時の参謀長会議での話であって、慰霊祭後の話ではないのです。

かつ、日記からは、松井大将の言葉か、どうかも、判りません。


つづく
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