上海での手榴弾テロ
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/07/04 16:59 投稿番号: [100 / 2250]
上海を包囲していた、中国軍の脅威は大体取り除かれました。
しかし、まだ、安心はできません。
中国が和平を拒絶しているからです。
それに租界にはテロリストが潜伏しています。
塚本誠著『ある情報将校の記録』224〜225pより
戦線が上海から西へ遠ざかっていった十一月中旬のある日、軍はわが威武を上海市民に誇示すべく、
上海周辺の諸兵種の部隊から混成一旅団を編成、共同租界内で示威行進を行なうことになった。
行進順路は、ゼスフィルド公園を発起点とし、アベニン路 (共同租界とフランス租界の境界線) から
虞洽郷路 (ユーヤチンロ) と南京路の交叉点 (競馬場東側)を右折し、
上海の銀座通りともいうべき南京路を東進して北四川路に抜けるのである。
上海憲兵隊は五十嵐隊長以下が行進の警戒に当たった。
行進部隊は意気揚々、先頭の軍楽隊、各隊の喇叭手を先頭に行進するのだが、
両側の店舗は悉く鉄扉を閉じ、ビルの窓はすべてカーテンをおろし、路上には中国人の影はまったくない。
日頃雑踏を極める南京路が死の街と化しているのは、中国民衆の無言の抵抗である。
部隊の最後尾が南京路の永安、新々両デパートの前にさしかかった時、
突然最後の部隊に向かって一人の中国人が手榴弾を投げつけ、
兵士が一名傷をうけて倒れた。
犯人は工部局巡警の手で直ちに処置され、行進部隊は最後尾の中隊だけを残して行進を続けていった。
この時、私は部隊の最後尾を前進していたので、直ちに部下に現場検証を命じ、
軍渉外部長深堀中佐(28期)と共に最寄りの店先のベンチに腰を下した。
そこへ真先に駈けつけて来たのが同盟通信の記者堀口瑞典君である。
その時、米軍の警備司令官が革の鞭を手にして単身やって来て、
抗議めいた態度で深堀中佐に話しかけるが、中佐は黙ったままである。
堀口君が私に、「南京路と虞洽郷路の交叉点に日本軍が米軍警備地区へ銃口を向けて
軽機関銃を据えているのは怪しからんといっているのだ」 と説明したので
私がその旨を中佐に伝えると同時に、米軍司令官に日本語で 「わかった。悪かった」 と
いうと堀口君が直ぐに通訳してくれた。
彼は、「オーケー」 と私に笑顔を見せて立ち去った。
これは メッセージ 99 (kireigotowadame さん)への返信です.
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