大東亜戦争の評価-6
投稿者: sada_goro 投稿日時: 2006/04/02 23:08 投稿番号: [72332 / 95793]
■ ミャンマー(旧ビルマ)の場合1
“♪守るも攻むるも鋼鉄の 浮かべる城ぞ頼みなる
浮かべるその城日の本の 皇国の四方を守るべし
まがねのその艦日の本に 仇なす国を攻めよかし♪”
この歌を知っている人いますか?歌詞は知らなくってもメロディーを聴けば誰でも分かる、実はこれ軍艦マーチなんです。“軍艦マーチ”??という人も、パチンコ屋さんで威勢良くかかっている曲って言えば、分かってもらえるんではないでしょうか。
このような説明をしなければならなくなってしまったこの曲は、日本が戦争に負けるまでは海軍の誇りであった名曲でした。しかし、今ではなんだか情けない役割にされています。ところが驚くなかれ、この曲が今でも誇りとともに演奏される名誉ある存在でいられるのは、遠くミャンマーの“国軍記念日”という晴れ舞台なのです。
ミャンマーでは3月27日の国軍記念日になると、全国のミャンマー国軍が首都ヤンゴンに集まって盛大なパレードを繰り広げるのですが、なんと!このパレードはいきなり日本のこの“軍艦マーチ”から演奏し始めるのです。続いてミャンマーの軍楽隊は“歩兵の本領”“愛馬進軍歌”など昔の日本の歌を次々と演奏して、パレードを続けていきます。これはいったいどういうことでしょう?
実はミャンマー(旧ビルマ、1989年に国名を変更。それ以前を記す場合はビルマと表記。)は「日本人より日本を愛する国」といわれるほどの親日国家なのです。どうしてかって?ここミャンマーでは政府の高官からジャーナリストに至るまで、こう言います。「ミャンマーが今日あるのは、日本のおかげです。日本のおかげで、英国の圧制を逃れ、独立をすることができた。われわれは深く日本に感謝しているのです。」
(中略)
1941(昭和16)年、大東亜戦争の開戦とともに、タイのバンコクで30人志士を中心に「ビルマ独立義勇軍」が結成されました。日本軍による厳しい訓練を受けた青年たちは独立ビルマを象徴する孔雀の旗を掲げて、ビルマ独立を誓い合ったのです。
義勇軍の司令官には青年たちが心から慕う鈴木敬司大佐が就任しましたが、オン・サンの提案で鈴木大佐は純白のビルマの民族服=ロンジー姿で白馬にまたがり、ビルマ民衆の前に登場します。これはビルマの伝説で、イギリスに滅ぼされたアラウンパヤー王朝最後の王子が、いつかかならずボモージョ(雷帝のこと)となって、白馬にまたがり、東の方角からやってくる。そしてイギリスの支配からビルマを解放してくれるというボモージョ伝説を演出したものでした
もちろんビルマ民衆は歓喜して彼ら義勇軍を迎え、その協力もあって3ヶ月で首都ラングーンを陥落させ、イギリス軍を敗走させてしまいます。そして日本の軍政を経た後の1943年8月1日、ビルマはついに独立を宣言したのです。(続く)
“♪守るも攻むるも鋼鉄の 浮かべる城ぞ頼みなる
浮かべるその城日の本の 皇国の四方を守るべし
まがねのその艦日の本に 仇なす国を攻めよかし♪”
この歌を知っている人いますか?歌詞は知らなくってもメロディーを聴けば誰でも分かる、実はこれ軍艦マーチなんです。“軍艦マーチ”??という人も、パチンコ屋さんで威勢良くかかっている曲って言えば、分かってもらえるんではないでしょうか。
このような説明をしなければならなくなってしまったこの曲は、日本が戦争に負けるまでは海軍の誇りであった名曲でした。しかし、今ではなんだか情けない役割にされています。ところが驚くなかれ、この曲が今でも誇りとともに演奏される名誉ある存在でいられるのは、遠くミャンマーの“国軍記念日”という晴れ舞台なのです。
ミャンマーでは3月27日の国軍記念日になると、全国のミャンマー国軍が首都ヤンゴンに集まって盛大なパレードを繰り広げるのですが、なんと!このパレードはいきなり日本のこの“軍艦マーチ”から演奏し始めるのです。続いてミャンマーの軍楽隊は“歩兵の本領”“愛馬進軍歌”など昔の日本の歌を次々と演奏して、パレードを続けていきます。これはいったいどういうことでしょう?
実はミャンマー(旧ビルマ、1989年に国名を変更。それ以前を記す場合はビルマと表記。)は「日本人より日本を愛する国」といわれるほどの親日国家なのです。どうしてかって?ここミャンマーでは政府の高官からジャーナリストに至るまで、こう言います。「ミャンマーが今日あるのは、日本のおかげです。日本のおかげで、英国の圧制を逃れ、独立をすることができた。われわれは深く日本に感謝しているのです。」
(中略)
1941(昭和16)年、大東亜戦争の開戦とともに、タイのバンコクで30人志士を中心に「ビルマ独立義勇軍」が結成されました。日本軍による厳しい訓練を受けた青年たちは独立ビルマを象徴する孔雀の旗を掲げて、ビルマ独立を誓い合ったのです。
義勇軍の司令官には青年たちが心から慕う鈴木敬司大佐が就任しましたが、オン・サンの提案で鈴木大佐は純白のビルマの民族服=ロンジー姿で白馬にまたがり、ビルマ民衆の前に登場します。これはビルマの伝説で、イギリスに滅ぼされたアラウンパヤー王朝最後の王子が、いつかかならずボモージョ(雷帝のこと)となって、白馬にまたがり、東の方角からやってくる。そしてイギリスの支配からビルマを解放してくれるというボモージョ伝説を演出したものでした
もちろんビルマ民衆は歓喜して彼ら義勇軍を迎え、その協力もあって3ヶ月で首都ラングーンを陥落させ、イギリス軍を敗走させてしまいます。そして日本の軍政を経た後の1943年8月1日、ビルマはついに独立を宣言したのです。(続く)
これは メッセージ 72328 (sada_goro さん)への返信です.
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