中国の反日デモ

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報徳記 人道援助 -3-

投稿者: sawayakanikoniko 投稿日時: 2005/05/29 12:28 投稿番号: [42010 / 95793]
天保7丙申年、大いに凶作。
諸国の民は飢えに苦しみ、草の根を食べ、木の皮を食べたが、
食糧はすでに尽きてあちこちに離散した。

行った所で食糧を得る方法はなく道路に叫び哀しんでも、人もまた同じようなものなので
思いやりのある者でも救うことができない。とうとう道に餓死体がごろごろところがっていた。

野州烏山領中の民もまた飢えに苦しみ蜂起して城下の街中の金持ちの家を打ち壊し騒動が非常に多い。

城中の群臣(=多くの家臣達)はこれを聞いて、「もしかしたら彼らが城内に乱入することがあるかもしれない。そうしたらしかたない、大砲で追い払うしかない」
と、大砲を準備して待つ。代官・郡奉行(=地方官)に諭させてその騒ぎを取り鎮めさせた。

これより先、菅谷某は二宮先生のところに行って救助の道を請い実情を小田原侯に言上し先生も烏山侯から依頼のあったことを主君に伝えた。

小田原侯は深くこれを憐み
「烏山侯は親族だ。救う方法があれば、わたしに代わって救助せよ」と命じた。

そこで先生は価格にして2000余金の米粟を烏山に送る。10余里の間米粟運輸の車馬が長々と続いた。人々は皆目を見張った。

菩提寺天性寺の境内に11棟の小屋を修理したり建て増したりし領中の飢民を集め粥(かゆ)を炊き出して救助した。 その処置・規則はみな先生の深慮から出ているので不正の心配なく、不公平の心配もない。 昼夜火の元を厳戒し、小屋の不潔を去り、伝染病や病気の心配を予防し厚くこれを養う。

円応和尚はかつて先生に面会してからとうとうその願いが叶って大いに喜び自ら飢民の安危を気遣い、昼となく夜となく救助に心力を尽した。 こうして死ぬはずであった数千人の飢民は一人の過ちもなく生命を維持できた。
先生の情け深い術に依らなければとてもこの大飢饉を無事にしのぐことはできなかった、と上も下もこれを感嘆した。


そこで領中復興の道を依頼しようとして侯の直筆の手紙および家老以下小役人に至るまでの連判の歎願書で再び厚く先生に請う。

先生は言った、
「貧民のはかない命が今日明日に迫っていた。わたしが救助の道を施さなければ数千人の民が罪なくして死亡に陥るだろう、これを見るに忍びず君臣の懇望に任せてこれを救助した。国家再興の道はわたしの関与するところではない」と固辞して受けない。

烏山の君臣は再三請い続けた。
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