報徳記 人道援助 -2-
投稿者: sawayakanikoniko 投稿日時: 2005/05/29 12:22 投稿番号: [42008 / 95793]
某は大いに心を苦しめ、再三面会を請い続けた。
先生は言った、
「わたしは主君の命令を受けてこの地の民をいつくしんでいる。
よその国の家臣とのんきに話をする暇はない。
菅谷某は烏山の家老ではないか。家老というのは上は主君を補佐して仁君の道を踏ませ下は国民を安心させいたわりそれぞれの仕事につかせ国を富ませ民を豊かにするのが職務だ。
今飢饉の年にあたって倉庫は空で救助の手立てがなく国民の飢渇を救うことができずなにもせずに民の餓死するのを見るのか。これは平生の政治が当たり前にできてないためだ。
礼記に「国3年の蓄えなきは国その国にあらず」と。
今1年の飢饉でも国民を飢渇に陥らせる。どこに仁政がある。
藩主の任務というのは天下の民を預り養い、いたわり、安心に暮らさせることにある。
今その預っている天の民を飢えさせ亡くせば藩主の道がない。
君もこのようで、家老もこれを知らずに人の上に立ちただ衣食に飽き、気楽に楽しむことを藩主・家老の任務と思っているのか。このような人物、わたしの門前にも来てほしくない。
面会する必要はない。
すぐに帰り、その来るというのを必ず止めなさい」と。
某という者は烏山に帰り菅谷に、
「彼はまさか正常な心ではありません、きっと狂人です。ご家老、行かれてはいけません」
と顔色を変えて報告した。
菅谷某は感激して言った
「思ったとおり賢人だ。
今の世に当たって君臣が道を失っているのを、公然と教え諭す英雄豪傑はいない。
二宮の言葉は率直でその理論は明白だ。わたしにはこの人しか道を問う人はない」と。
そうして、衣服を改め君の前に出て言った、
「今年は大いに不作です。領中の人民の飢渇が今日明日にも迫っております。
わたくしはあらゆるところに救助の道を求めましたが全く道が得られません。
平年でさえ君の経費が足りなくて商人の金を借りて補っております。
今大飢饉に当たって金銀の融通の道が絶えて、どうにもできません。
ですが、桜町の二宮という者が
その先小田原侯の引き立てでそこの廃亡を再興することを任じられ10年ですばらしい業績が歴然とし、それだけでなく、この飢饉の来ることを予知してあらかじめその備えをして3村の民を平年の倍ほどの待遇で救っているということです。
まず某という者を行かせて試させました。その的確な議論はこのようで云々。
これは非凡な人物で現在に得がたい賢才のようです。
わたくしがすぐにあちらへ行って救済の道を求めようと思いますがわたくしの考えによって行けばきっと面会も許されないでしょう。
殿の賢い配慮で、ねんごろな直筆の手紙を二宮にお書きになり、わたくしがこれを奉じてあちらに行って、君命の厚いことを陳述すれば殿が民をお恵みになる仁心のもったいなさで、きっと救荒安民の道を教えてもらえるかと。
事の成否は殿のお心にあります」と言上した。
烏山侯は感動されて筆を執って一文をしたため菅谷にお渡しになった。
菅谷は大いに喜び君前を退き、すぐに桜町に行って君命を述べ直書を出してしきりに救済の道を請う。
先生はため息をついて言った、
「烏山の民はもちろんわたしの関与するところではない。今飢渇に及んでいるのは、君臣共にその道を失ったためだ。国が道を失ったために国民が餓死に及ぶのは諸国に数え切れない。
しかし、君臣が過ちを知り、道をわたしに求める。今は烏山の民の命がわたし一人の言葉で決まる。
ああ、どうしてもこれを救うしかない。
特に烏山侯は小田原侯の親族。これを救助する縁故がないとはいえない」と。
そこで菅谷に面会し
治乱盛衰の根元・禍福吉凶・存亡の原因、衰廃復興の道・富国安民の大道を言い聞かせる。流水のように滞らない。
菅谷某はいよいよ驚きますます感動する。
先生は言った、
「わたくしは諸侯の藩内の事務にはすすんで関与すべきではありません。固くお断りするだけです。
しかしわたくしの主君の縁者です。烏山侯から主君にこの件を報告されましたら主君からわたくしに命令があるでしょうか。また、わたくしからも言上しましょう。
君命があるのでなければ、勝手に烏山侯の命令には応じられません。
とはいってもこの順路を踏んでいたら日数がたたねば返事ができません。
飢えた民を目前に置いてこの順序を追っていたのでは窮地にあるものを救えない心配があります。
ということで、まずこれで切迫している救助に当てなさい」と、懐から金200両を出して菅谷に与えた。
菅谷はその心がひろく思いやりがあり筋道を踏み、時を配慮して、処置の適切なのに感
先生は言った、
「わたしは主君の命令を受けてこの地の民をいつくしんでいる。
よその国の家臣とのんきに話をする暇はない。
菅谷某は烏山の家老ではないか。家老というのは上は主君を補佐して仁君の道を踏ませ下は国民を安心させいたわりそれぞれの仕事につかせ国を富ませ民を豊かにするのが職務だ。
今飢饉の年にあたって倉庫は空で救助の手立てがなく国民の飢渇を救うことができずなにもせずに民の餓死するのを見るのか。これは平生の政治が当たり前にできてないためだ。
礼記に「国3年の蓄えなきは国その国にあらず」と。
今1年の飢饉でも国民を飢渇に陥らせる。どこに仁政がある。
藩主の任務というのは天下の民を預り養い、いたわり、安心に暮らさせることにある。
今その預っている天の民を飢えさせ亡くせば藩主の道がない。
君もこのようで、家老もこれを知らずに人の上に立ちただ衣食に飽き、気楽に楽しむことを藩主・家老の任務と思っているのか。このような人物、わたしの門前にも来てほしくない。
面会する必要はない。
すぐに帰り、その来るというのを必ず止めなさい」と。
某という者は烏山に帰り菅谷に、
「彼はまさか正常な心ではありません、きっと狂人です。ご家老、行かれてはいけません」
と顔色を変えて報告した。
菅谷某は感激して言った
「思ったとおり賢人だ。
今の世に当たって君臣が道を失っているのを、公然と教え諭す英雄豪傑はいない。
二宮の言葉は率直でその理論は明白だ。わたしにはこの人しか道を問う人はない」と。
そうして、衣服を改め君の前に出て言った、
「今年は大いに不作です。領中の人民の飢渇が今日明日にも迫っております。
わたくしはあらゆるところに救助の道を求めましたが全く道が得られません。
平年でさえ君の経費が足りなくて商人の金を借りて補っております。
今大飢饉に当たって金銀の融通の道が絶えて、どうにもできません。
ですが、桜町の二宮という者が
その先小田原侯の引き立てでそこの廃亡を再興することを任じられ10年ですばらしい業績が歴然とし、それだけでなく、この飢饉の来ることを予知してあらかじめその備えをして3村の民を平年の倍ほどの待遇で救っているということです。
まず某という者を行かせて試させました。その的確な議論はこのようで云々。
これは非凡な人物で現在に得がたい賢才のようです。
わたくしがすぐにあちらへ行って救済の道を求めようと思いますがわたくしの考えによって行けばきっと面会も許されないでしょう。
殿の賢い配慮で、ねんごろな直筆の手紙を二宮にお書きになり、わたくしがこれを奉じてあちらに行って、君命の厚いことを陳述すれば殿が民をお恵みになる仁心のもったいなさで、きっと救荒安民の道を教えてもらえるかと。
事の成否は殿のお心にあります」と言上した。
烏山侯は感動されて筆を執って一文をしたため菅谷にお渡しになった。
菅谷は大いに喜び君前を退き、すぐに桜町に行って君命を述べ直書を出してしきりに救済の道を請う。
先生はため息をついて言った、
「烏山の民はもちろんわたしの関与するところではない。今飢渇に及んでいるのは、君臣共にその道を失ったためだ。国が道を失ったために国民が餓死に及ぶのは諸国に数え切れない。
しかし、君臣が過ちを知り、道をわたしに求める。今は烏山の民の命がわたし一人の言葉で決まる。
ああ、どうしてもこれを救うしかない。
特に烏山侯は小田原侯の親族。これを救助する縁故がないとはいえない」と。
そこで菅谷に面会し
治乱盛衰の根元・禍福吉凶・存亡の原因、衰廃復興の道・富国安民の大道を言い聞かせる。流水のように滞らない。
菅谷某はいよいよ驚きますます感動する。
先生は言った、
「わたくしは諸侯の藩内の事務にはすすんで関与すべきではありません。固くお断りするだけです。
しかしわたくしの主君の縁者です。烏山侯から主君にこの件を報告されましたら主君からわたくしに命令があるでしょうか。また、わたくしからも言上しましょう。
君命があるのでなければ、勝手に烏山侯の命令には応じられません。
とはいってもこの順路を踏んでいたら日数がたたねば返事ができません。
飢えた民を目前に置いてこの順序を追っていたのでは窮地にあるものを救えない心配があります。
ということで、まずこれで切迫している救助に当てなさい」と、懐から金200両を出して菅谷に与えた。
菅谷はその心がひろく思いやりがあり筋道を踏み、時を配慮して、処置の適切なのに感
これは メッセージ 42005 (sawayakanikoniko さん)への返信です.
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