中国の反日デモ

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満州と中国

投稿者: ymo2005jp 投稿日時: 2005/05/03 11:34 投稿番号: [28557 / 95793]
”満州は中国固有の領土ではないゆえ、旧日本の満州侵略は中国侵略ではない”とする議論はある立場の人たちがよく使う論法ですが、私は以下のように考えます。

1)清王朝の“中国化”
   中国の人々にとって清朝による支配は単に支配者が変わったというだけであり、たまたま清朝の出自が満州という地であったに過ぎないのではないですか。

清朝の行政、軍制システムには少数民族である満州人が、圧倒的多数を占める“漢族”を支配するための制度上の工夫が行われていたようですが、時代が下るにつれて有名無実化しています。

また社会としては清明帝国と言われるように連続性の方がはるかに強いとされています。

  言語は民族のidentityとして非常に重要なものだと思いますが、満州族の言語は、時代とともに圧倒的な数の“漢族”の言語と文化にほとんど吸収されてしまい、本家の満州においても中国語が用いられていたようです(公文書には本来の満州語が用いられていたとの事ですがが、たとえば日清戦争後の下関条約の清側の文書は何語で書かれていたのか興味深い)。

  また現代中国の標準語とされている「北京語」が成立したのも清代であり、満州人たちの話した満州語なまりの中国語を原型としているとのことです。

ちなみに清朝最後の皇帝溥儀は満州語が出来なかったと言われています。

  清朝下での内乱のたぐいはたくさんあるりますが、いわゆる漢民族による民族のidentityとしての反清運動なるものは統治初期の頃を除いてはほとんどなかったようです。

  清朝皇帝は明にならって即位すると翌年1月1日をもって改元する一世一元の制をひきついでおり、清の時代に満州族固有の文化が中国の学問や文化に与えた影響は皆無に近いと思われます。

弁髪の風習やチャイナドレスなどが満州族が持ち込んだものと言える程度でしょう。

  以上、歴代清朝皇帝は満州族皇帝ではなく過去の王朝と同様広大な中国大陸に君臨する皇帝という認識だったのではないでしょうか。

(続きます)
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