世界最初のアジアサミット
投稿者: kabu_kachan7 投稿日時: 2011/05/31 11:22 投稿番号: [8245 / 8458]
昭和18年(1943年)11月5日、東京で大東亜会議が開かれました。日本が主催した世界最初のアジアサミットです。残念ながらこの会議に出席できなかった国があります。マレー・インドネシアがあります。この国は独立していなかったためです。仏領インドシナ(現ベトナム)はフランスの植民地のままであり、日本はまだその状態を承認していたため、フランスのヴィシー政権からは参加希望が出ませんでした。
マレー・インドネシアが独立していなかったのは日本の占領地行政の方針と戦争中という事情によるものでした。日本は占領地には軍政を行い、政治状態や歴史的経緯を考慮して独立ないし、自治を与え、軍政を撤廃する方針でした。これでビルマ、フィリピンが独立しています。マレー・インドネシアの独立が遅れたのは参謀本部の反対によるものでした。独立すると軍隊が通過するのにもいちいち相手国に許可を得なければならず、やっかいだったという理由です。占領地だとその手間が省けるわけです。特にインドネシアには石油があり、それをいちいち日本に運ぶのに許可をとっていたのでは間に合わないという事情です。戦争中ですから石油は非常に重要な物資です。もちろん未来永劫、占領地にするつもりなどありません。
大東亜会議のときインドネシアからスカルノ、ハッタが来日しており、正式に参加できなかったところ、天皇陛下が皇居に招きました。インドネシアは日本が解放する前はオランダの植民地でした。インドネシア人がオランダの女王陛下に面会するなどということは絶対にあり得ないことです。しかし日本はそれを許したばかりでなく、昭和天皇はスカルノ、ハッタに会うと陛下のほうからつかつかと二人に歩み寄られて握手したのです。思い浮かべただけでも感動的な場面です。
これは メッセージ 1 (keisatsufushouji さん)への返信です.
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