尾崎秀実という人物のつづき16
投稿者: kabu_kachan7 投稿日時: 2011/03/10 23:19 投稿番号: [8147 / 8458]
その結果、下院非米活動委員会に喚問されたホワイトはジギタリスを大量服用し不可解な死を遂げ、同じくカリーはコロンビアへ逃亡、新聞にゾルゲ機関への関与を報道されたスメドレーはロンドンに亡命し、下院非米活動委員会に召還された日の夕方に急逝した。そしてアメリカ国務省を代表してヤルタ会談に出席し、重病のルーズベルト(一九四五年四月十二日死亡)を補佐してソ連に日支の主権を譲渡したヤルタ秘密協定(註2)に深く関与したアルジャー・ヒス(一九九五年に公開されたソ連暗号電文解読作戦Venona資料ではAlesという隠名を持っていた赤軍第四部のスパイ)は投獄され、アメリカ国内に反共のマッカーシズムの嵐が吹き荒れた(2)。
これに対してアメリカの容共的な歴史学者は、ベントレーやチェンバースの証言に信憑性を認めず、またアグネス・スメドレーの猛烈な抗議に恐れをなした陸軍長官ケネス・ローマルの素早い謝罪談話(一九四九年二月二十七日)等を挙げてマッカーサーおよびウィロビーを非難し、スメドレーを擁護してきた。第二次世界大戦後の歴史学会は米ソ冷戦の縮図であり、反共派の研究者と容共派の学者が数十年に亘り不毛な論争を続けてきたが、遂に歴史の神は反共派に軍配を上げた。ソ連崩壊後に公開された次のコミンテルンの機密文書が暴露したスメドレーの正体は、やはりコミンテルンの工作員であった(3)。
「親愛なる同志ディミトロフ
われわれは同志岡野(註、日本共産党の野坂参三)、東洋書記局、プロフィンテルン(註、赤色労働組合インターナショナル、コミンテルンの労働組合部門)とともに、日本共産党への支援計画とも連動させつつ汎太平洋労働組合書記局の計画を練ってきた。全員がその計画に賛同し、同志ブラッドフォード(現在、プロフィンテルンの仕事でヨーロッパ滞在中)をアメリカに送りその計画を指揮させるという重要なポイントも含めて同意した。もし貴兄がこの計画に同意するなら、残る問題は形式上の決定と資金の手配だけである。
目下、上海にいるアグネス・スメドレーが現地で反帝国主義の英字紙を発行するのを援助するという提案は、最終決定されるべきである。情勢はますます好転しており、そのような新聞が出れば大きな影響力を発揮するだろうと、彼女は手紙に書いている。アメリカ合衆国共産党は政治的にも技術的にも優れた助手を彼女に提供することができる。中国人同志たちも同意している。ただしこれら上海の同志たちがもし中国共産党と接触した場合には、その活動が危険に晒されるから、それを避けるために彼らには中国共産党と接触させないという条件つきである。このプロジェクトの価値は明白だ。承認の形式的手続きと必要な資金の準備が待たれる。
最後に、今大会とその成果について私の深い満足と、この大会がアメリカ合衆国共産党および全世界の党を新しい高次の体験に導くだろうという私の見解とを表明しておきたい。アメリカ共産党がこの目的のために貢献し得るどんなことであれ、貴兄からの要請を私は喜んで受け入れる。
友愛の熱い挨拶をもって アール・プラウダー モスクワ、1935年9月2日」
一九三五年にスメドレーは、アール・プラウダーが書記長を務めるアメリカ共産党の人的支援と、コミンテルン第七回大会において反ファッショ人民戦線戦術を発表したゲオルギー・ディミトロフ(ブルガリア人の共産主義者)が議長を務めるコミンテルンの資金援助を得て「中国の声」を創刊していたのである。
アメリカ共産党党首のアール・ブラウダーは、共産主義者に対するソ連秘密警察の監視役を務め、いわば日本共産党の指導者である野坂参三と同じ役回りを演じていた人物である。アメリカ共産党は党本部のあるニューヨークからNKVDを経由してモスクワに多くの暗号電文を発していた。ソ連およびコミンテルンに忠誠を誓ったアメリカ共産党の活発な注進がアメリカ陸軍保安局(国家保安局NSAの前身)に、それらの暗号電文を傍受し解読する作戦(コードネームVenona)を実施する機会を与えていたのである。
コミンテルンが解散した一九四三年、モスクワから七百五十マイル東のウーファという町の近くにある外国人共産主義者のためのコミンテルンの学校に入っていたドイツ人青年ウルフガング・レオンハルトは特殊な任務を与えられた。コミンテルンの文書保管所は、ナチス軍がモスクワに迫った時にウーファに移されており、レオンハルトは混乱した資料を整理し直す学生の一人だった。彼に与えられた任務とは、アメリカ共産党の記録の整理であった。
これに対してアメリカの容共的な歴史学者は、ベントレーやチェンバースの証言に信憑性を認めず、またアグネス・スメドレーの猛烈な抗議に恐れをなした陸軍長官ケネス・ローマルの素早い謝罪談話(一九四九年二月二十七日)等を挙げてマッカーサーおよびウィロビーを非難し、スメドレーを擁護してきた。第二次世界大戦後の歴史学会は米ソ冷戦の縮図であり、反共派の研究者と容共派の学者が数十年に亘り不毛な論争を続けてきたが、遂に歴史の神は反共派に軍配を上げた。ソ連崩壊後に公開された次のコミンテルンの機密文書が暴露したスメドレーの正体は、やはりコミンテルンの工作員であった(3)。
「親愛なる同志ディミトロフ
われわれは同志岡野(註、日本共産党の野坂参三)、東洋書記局、プロフィンテルン(註、赤色労働組合インターナショナル、コミンテルンの労働組合部門)とともに、日本共産党への支援計画とも連動させつつ汎太平洋労働組合書記局の計画を練ってきた。全員がその計画に賛同し、同志ブラッドフォード(現在、プロフィンテルンの仕事でヨーロッパ滞在中)をアメリカに送りその計画を指揮させるという重要なポイントも含めて同意した。もし貴兄がこの計画に同意するなら、残る問題は形式上の決定と資金の手配だけである。
目下、上海にいるアグネス・スメドレーが現地で反帝国主義の英字紙を発行するのを援助するという提案は、最終決定されるべきである。情勢はますます好転しており、そのような新聞が出れば大きな影響力を発揮するだろうと、彼女は手紙に書いている。アメリカ合衆国共産党は政治的にも技術的にも優れた助手を彼女に提供することができる。中国人同志たちも同意している。ただしこれら上海の同志たちがもし中国共産党と接触した場合には、その活動が危険に晒されるから、それを避けるために彼らには中国共産党と接触させないという条件つきである。このプロジェクトの価値は明白だ。承認の形式的手続きと必要な資金の準備が待たれる。
最後に、今大会とその成果について私の深い満足と、この大会がアメリカ合衆国共産党および全世界の党を新しい高次の体験に導くだろうという私の見解とを表明しておきたい。アメリカ共産党がこの目的のために貢献し得るどんなことであれ、貴兄からの要請を私は喜んで受け入れる。
友愛の熱い挨拶をもって アール・プラウダー モスクワ、1935年9月2日」
一九三五年にスメドレーは、アール・プラウダーが書記長を務めるアメリカ共産党の人的支援と、コミンテルン第七回大会において反ファッショ人民戦線戦術を発表したゲオルギー・ディミトロフ(ブルガリア人の共産主義者)が議長を務めるコミンテルンの資金援助を得て「中国の声」を創刊していたのである。
アメリカ共産党党首のアール・ブラウダーは、共産主義者に対するソ連秘密警察の監視役を務め、いわば日本共産党の指導者である野坂参三と同じ役回りを演じていた人物である。アメリカ共産党は党本部のあるニューヨークからNKVDを経由してモスクワに多くの暗号電文を発していた。ソ連およびコミンテルンに忠誠を誓ったアメリカ共産党の活発な注進がアメリカ陸軍保安局(国家保安局NSAの前身)に、それらの暗号電文を傍受し解読する作戦(コードネームVenona)を実施する機会を与えていたのである。
コミンテルンが解散した一九四三年、モスクワから七百五十マイル東のウーファという町の近くにある外国人共産主義者のためのコミンテルンの学校に入っていたドイツ人青年ウルフガング・レオンハルトは特殊な任務を与えられた。コミンテルンの文書保管所は、ナチス軍がモスクワに迫った時にウーファに移されており、レオンハルトは混乱した資料を整理し直す学生の一人だった。彼に与えられた任務とは、アメリカ共産党の記録の整理であった。
これは メッセージ 1 (keisatsufushouji さん)への返信です.
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