台湾人から見た戦後の朝鮮人②
投稿者: rdt201l 投稿日時: 2012/01/28 11:12 投稿番号: [22 / 44]
◆帰国の為に汽車で日本の九州へ・・・
急な日本の敗戦で、私は心の切り替えが出来なかった。
日本兵の軍服で汽車に乗っていた私は、周囲からは敗戦で消沈した日本人に見えたのだろう。
8月15日から急に横暴になった朝鮮人に嫌がらせされた。
座席に置いた新品の飯盒を朝鮮人に盗まれた。
取り返そうとすると、「お前はなんだ!朝鮮人を侮蔑したな!降りて来い!」と、たちまち数人に囲まれてしまった。
一人と多数・・・勝てない・・・。
「ごめんなさい。私の勘違いでした」と謝り、ピンチを逃れる事しか出来なかった。
それから佐世保に到着するまでの30時間・・・朝鮮人は執拗に私と日本人乗客を苛め続けた。
若い女性がトイレに行こうとすると通路を塞ぎ、「次の駅で窓から降りろ!」と命令し、苛めていた。
朝鮮人の酷すぎる情けない行為を、私は内臓が沸騰するような怒りを感じながら眺めていた。
黙って見ているしか出来なかったのだ・・・。
(中略)
佐世保のキャンプで私は面白い場面に遭遇した。
あの朝鮮人たちが、「中華民国台湾青年隊」の腕章を着けた我々にお世辞を言いながら擦り寄ってきたのだ!
それは中華民国が連合軍の一員であったからだ。
弱者には傲慢で、強者には媚びる・・・。
そんな朝鮮人の極端な習性を私は目撃したのだった。
しかし、大国の狭間で生存しなければならなかった環境が、そうした民族性を育んだのだから、今更、それを責めても仕方が無いだろう・・・。
これは メッセージ 18 (rdt201l さん)への返信です.
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