Re: いいかげんにしてほしい!
投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2008/03/24 07:38 投稿番号: [17098 / 22816]
>いわさん
おはようございます。
めずらしく、適切な時間に目が覚めました。
>「政治家よ、なんとかしてくれ」
と憤る国民の感情の根底にはリーダーシップのある(聞こえはいいですが)、言わば独裁的なリーダーを羨望している・・というものがあるのではないかと思うのですね。
たしかにある意味で、支持率が下がってくれば国民をあっと驚かすことをやってのける小泉もと首相には、今の日本人が
>リーダー
というものに求める要素がありましたからね。
>独裁的
とまでは言えないかもしれませんが「強引」ではあったと思います。あとに続くお2人にはそれがない。
もっとも安倍氏には「やりたいこと」はあったと思いますし、道筋はつけたとも見ています。しかし、最後までやり通せなかったので後任者の手でどんどん骨抜きにされているのが残念です。
>比較的平和であった徳川時代(250年余)に、救世主は現れませんでした。平和な時期には必要がないということになるのでしょう。
徳川時代が本当に巷間言われているような時代だったのかどうか、時々懐疑的になります。時間があればゆっくり取り組みたいと思うのですがそのまえに抱えているテーマが多く、後まわしになっています。
私が着目している人物の1人が8代将軍吉宗、です。
以前よくこのトピにお見えになっていたworst_human83氏(いわさんもご投稿をROMされたことがあるかもしれません)によると
「最悪の将軍の1人」
だそうですが、私にはそうとも言えない面があるように感じます。
その後、田沼意次をはじめとして
>救世主
とは言えなくてもそうなろうとした(改革者であろうとした)人物が現れてきます。これは、徳川時代の後半がけっして安寧ではなくなってきたという何よりの証拠でしょう。
>「平和というのは戦争や紛争の間にあるほんのひと時のものに過ぎない。我が国はその平和が60年続いているということだ、そしてそれが永遠に続くと思い抱いている」
わたしもそのセリフには覚えがあります。
なんという映画でしたっけ? いわさんは、覚えておられますか?
私が敬意を持っている作家のお1人に曽野綾子氏が居られますが、曽野さんの著作(タイトルを忘れました)の中に
「世界史全体を見ると、ある国と別の国との間で結ばれた平和条約が保たれた期間は平均すればわずかに2年間である。
しかし、われわれはそれに絶望するべきではない。
私達に出来ることは、その期間を次には3年にすることである」(要約)
というくだりがありました。
いわさんが引用してくださったセリフとあわせて考えると感慨深いものがあります。
>戦争や紛争は政治であると私は思っているのですが
私も、
「政治とは血を流さない戦争であり、戦争とは血を流す政治である」
という言葉の支持者です。
これは実は『毛沢東語録』にある言葉だとある投稿者のかたから教えていただきましたが、もとはクラウゼビッツの
「戦争とは他の手段をもってする政治の継続である」
にあると思っております。
ただし、これらの言葉の適用範囲はまさにこの私(いわさん)にも及びますからそれだけの「覚悟」は必要だ、ということにもなるわけですが。(戦争は、私達の頭の上だけを通り過ぎてはくれませんから。もちろん、政治家達に「血を流さない戦争」ですませるように要求し続ける権利がわれわれ国民にはあります)
>国民が選挙において政治家を選ぶということは身近な生活への影響だけではなく、国全体、国際社会に大きく影響しているということを自覚し、責任を持つ。
ということなのだと思います。
これが民主主義なのかな・・と。
政治家も国民ですし、国民によって選ばれた政治家はよりその責任は大きいと思う次第です。
まったく同感です。
それが、
「わが国は民主主義体制である」
ことを内外に宣言している国と国民の責任でしょう。
その責任を果たさずして、中国や北朝鮮・その他の独裁国家になにをいう資格もないだろうと判断しております。
おはようございます。
めずらしく、適切な時間に目が覚めました。
>「政治家よ、なんとかしてくれ」
と憤る国民の感情の根底にはリーダーシップのある(聞こえはいいですが)、言わば独裁的なリーダーを羨望している・・というものがあるのではないかと思うのですね。
たしかにある意味で、支持率が下がってくれば国民をあっと驚かすことをやってのける小泉もと首相には、今の日本人が
>リーダー
というものに求める要素がありましたからね。
>独裁的
とまでは言えないかもしれませんが「強引」ではあったと思います。あとに続くお2人にはそれがない。
もっとも安倍氏には「やりたいこと」はあったと思いますし、道筋はつけたとも見ています。しかし、最後までやり通せなかったので後任者の手でどんどん骨抜きにされているのが残念です。
>比較的平和であった徳川時代(250年余)に、救世主は現れませんでした。平和な時期には必要がないということになるのでしょう。
徳川時代が本当に巷間言われているような時代だったのかどうか、時々懐疑的になります。時間があればゆっくり取り組みたいと思うのですがそのまえに抱えているテーマが多く、後まわしになっています。
私が着目している人物の1人が8代将軍吉宗、です。
以前よくこのトピにお見えになっていたworst_human83氏(いわさんもご投稿をROMされたことがあるかもしれません)によると
「最悪の将軍の1人」
だそうですが、私にはそうとも言えない面があるように感じます。
その後、田沼意次をはじめとして
>救世主
とは言えなくてもそうなろうとした(改革者であろうとした)人物が現れてきます。これは、徳川時代の後半がけっして安寧ではなくなってきたという何よりの証拠でしょう。
>「平和というのは戦争や紛争の間にあるほんのひと時のものに過ぎない。我が国はその平和が60年続いているということだ、そしてそれが永遠に続くと思い抱いている」
わたしもそのセリフには覚えがあります。
なんという映画でしたっけ? いわさんは、覚えておられますか?
私が敬意を持っている作家のお1人に曽野綾子氏が居られますが、曽野さんの著作(タイトルを忘れました)の中に
「世界史全体を見ると、ある国と別の国との間で結ばれた平和条約が保たれた期間は平均すればわずかに2年間である。
しかし、われわれはそれに絶望するべきではない。
私達に出来ることは、その期間を次には3年にすることである」(要約)
というくだりがありました。
いわさんが引用してくださったセリフとあわせて考えると感慨深いものがあります。
>戦争や紛争は政治であると私は思っているのですが
私も、
「政治とは血を流さない戦争であり、戦争とは血を流す政治である」
という言葉の支持者です。
これは実は『毛沢東語録』にある言葉だとある投稿者のかたから教えていただきましたが、もとはクラウゼビッツの
「戦争とは他の手段をもってする政治の継続である」
にあると思っております。
ただし、これらの言葉の適用範囲はまさにこの私(いわさん)にも及びますからそれだけの「覚悟」は必要だ、ということにもなるわけですが。(戦争は、私達の頭の上だけを通り過ぎてはくれませんから。もちろん、政治家達に「血を流さない戦争」ですませるように要求し続ける権利がわれわれ国民にはあります)
>国民が選挙において政治家を選ぶということは身近な生活への影響だけではなく、国全体、国際社会に大きく影響しているということを自覚し、責任を持つ。
ということなのだと思います。
これが民主主義なのかな・・と。
政治家も国民ですし、国民によって選ばれた政治家はよりその責任は大きいと思う次第です。
まったく同感です。
それが、
「わが国は民主主義体制である」
ことを内外に宣言している国と国民の責任でしょう。
その責任を果たさずして、中国や北朝鮮・その他の独裁国家になにをいう資格もないだろうと判断しております。
これは メッセージ 17085 (iwacchi1960 さん)への返信です.
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