ランディさんへ
投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2008/03/17 21:16 投稿番号: [16909 / 22816]
こんばんは。
毎回丁重なレスをくださり感謝しております。
この対話もそろそろ形而上学的な領域に入りつつあるように思いますので、私なりの中間的なまとめをしておきたく思います。
>主義として表明が必要になるのは「利害対立」が
「常時発生」する単位であり、また血脈主義が通用しない
単位でなければ「主義」としての「保守」の発露はありえない訳で、
この対外的に受動的かつ対処的な保守主義の定義って難しいです。
ここが、自然発生的に派生する(広義の)自己保存本能(たとえば、今回チベットで起こっている事態のそもそもの原因もそれにあたるのではないかと考えたりもします)と、ランディさんおっしゃる
>主義として表明が必要になる
>保守主義
の間にある段差ではないかと思うのです。
その段差をかろうじて現代人(先進国の国民に限って、かもしれないとは思います)がまたげるのは
>おそらく拠り所としての優先順位はあるかもしれません。
からなのでしょうね。その意味で上のご指摘に(特に、
>受動的かつ対処的な保守主義の定義って難しいです。
の部分に)賛成です。
>>「原理主義的」プロテスタンティズム
>これが多民族国家を維持するアメリカ、特にネオコンの拠り所たる
「No1病」の原因なのでしょうか。
私はほぼそう確信しています。
カソリックには「儀礼」を通じての一体感をもたらす装置が存在します。一方でプロテスタンティズムは、良かれ悪しかれその「儀礼性」を否定して誕生していますから「精神性」ばかりに走りがちになるのですよ。
なので、アメリカでは「保守主義」(⊃極右)のロジックとなるプロテスタンティズムが逆に日本ではリベラル(⊃極左)の根拠となっています。
プロテスタンティズムそのものは、その国の現状によってどのようにも働き得るということなのでしょう。
それもこれも、「精神性」という諸刃の剣がもたらしている中空の論理だからだと判断するのです。(日ごろからその点をうるさく指摘しているのすが、現在のプロテスタント諸教会には学生運動世代が多くて彼らは自らの「傲慢」をふり返ってくれません)
>イデオロギー以上に優先順位の高い「価値の共有」があるとすれば
やはり「民族主義」ですかね。
日本ではあまりにも
>「民族主義」
が低く扱われ過ぎてきたのでその反動がやって来つつあるのでしょうね。
某トピのレベルが限りなく下がっていくのも根本的原因はそれなのでは?
>俺的には、ナショナルアイデンティティを軽視した政権ゆえに
その後凋落、イデオロギー的にも敗北したと感じます。
その結果、いかがわしい「市民運動」にしか拠りどころがなくなったのでしょうね。
>「皇室」が日本人のアイデンティティーにどれだけの
影響を与えていたか、俺にはまったく判りません。
私自身大いに迷っています。
ただし、現在の象徴天皇制は皇族のかたがたはかなりの負担を強いているようですが、私としてはそのあたりを適宜修正しつつも根本の部分は現状でいいのではないかと思っています。
天皇の存在そのものは歴史上かなり早くから「象徴的」な権威となっていた、というのが私の持論です。
……あまりちゃんとしたまとめになっていませんね。
では、「ちゃんとした」まとめを。
>ポロリがあるなら見ますけどね。ええ、そこだけ。
それをご覧にならないとおっしゃるようでしたら、ランディ氏のアイデンティティの危機だと心配になりますヨ>わ・た・し
毎回丁重なレスをくださり感謝しております。
この対話もそろそろ形而上学的な領域に入りつつあるように思いますので、私なりの中間的なまとめをしておきたく思います。
>主義として表明が必要になるのは「利害対立」が
「常時発生」する単位であり、また血脈主義が通用しない
単位でなければ「主義」としての「保守」の発露はありえない訳で、
この対外的に受動的かつ対処的な保守主義の定義って難しいです。
ここが、自然発生的に派生する(広義の)自己保存本能(たとえば、今回チベットで起こっている事態のそもそもの原因もそれにあたるのではないかと考えたりもします)と、ランディさんおっしゃる
>主義として表明が必要になる
>保守主義
の間にある段差ではないかと思うのです。
その段差をかろうじて現代人(先進国の国民に限って、かもしれないとは思います)がまたげるのは
>おそらく拠り所としての優先順位はあるかもしれません。
からなのでしょうね。その意味で上のご指摘に(特に、
>受動的かつ対処的な保守主義の定義って難しいです。
の部分に)賛成です。
>>「原理主義的」プロテスタンティズム
>これが多民族国家を維持するアメリカ、特にネオコンの拠り所たる
「No1病」の原因なのでしょうか。
私はほぼそう確信しています。
カソリックには「儀礼」を通じての一体感をもたらす装置が存在します。一方でプロテスタンティズムは、良かれ悪しかれその「儀礼性」を否定して誕生していますから「精神性」ばかりに走りがちになるのですよ。
なので、アメリカでは「保守主義」(⊃極右)のロジックとなるプロテスタンティズムが逆に日本ではリベラル(⊃極左)の根拠となっています。
プロテスタンティズムそのものは、その国の現状によってどのようにも働き得るということなのでしょう。
それもこれも、「精神性」という諸刃の剣がもたらしている中空の論理だからだと判断するのです。(日ごろからその点をうるさく指摘しているのすが、現在のプロテスタント諸教会には学生運動世代が多くて彼らは自らの「傲慢」をふり返ってくれません)
>イデオロギー以上に優先順位の高い「価値の共有」があるとすれば
やはり「民族主義」ですかね。
日本ではあまりにも
>「民族主義」
が低く扱われ過ぎてきたのでその反動がやって来つつあるのでしょうね。
某トピのレベルが限りなく下がっていくのも根本的原因はそれなのでは?
>俺的には、ナショナルアイデンティティを軽視した政権ゆえに
その後凋落、イデオロギー的にも敗北したと感じます。
その結果、いかがわしい「市民運動」にしか拠りどころがなくなったのでしょうね。
>「皇室」が日本人のアイデンティティーにどれだけの
影響を与えていたか、俺にはまったく判りません。
私自身大いに迷っています。
ただし、現在の象徴天皇制は皇族のかたがたはかなりの負担を強いているようですが、私としてはそのあたりを適宜修正しつつも根本の部分は現状でいいのではないかと思っています。
天皇の存在そのものは歴史上かなり早くから「象徴的」な権威となっていた、というのが私の持論です。
……あまりちゃんとしたまとめになっていませんね。
では、「ちゃんとした」まとめを。
>ポロリがあるなら見ますけどね。ええ、そこだけ。
それをご覧にならないとおっしゃるようでしたら、ランディ氏のアイデンティティの危機だと心配になりますヨ>わ・た・し
これは メッセージ 16855 (randy_castilloo さん)への返信です.
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