食べ物の命の重さ?(2)
投稿者: roranjapan 投稿日時: 2008/03/02 15:33 投稿番号: [9695 / 63339]
さて、ヒトが他の動物を捕食するが共食いしないのはすでにカンブリア大爆発で得られたDNAを改良しながら今に持ちこたえている性質である。
このDNAのおかげでヒトは効率よく増殖し現在の繁栄を得た。
そのほか毒を識別できないものは死滅して現在に伝わらないとか、死を恐れる、高所恐怖症、人骨を怖がって逃げる、ある種の動物を見て気味悪がる性質など人間が存続するため色々な遺伝形質を獲得した。
反捕鯨派が言う感情の移動は、本来繁殖行為や哺育のためにあるものであり、捕食に愛ヤ知能が関連するなら、それは本来のDNAから来るものではなく、種の歴史から見ればごく最近得た観念的なものでしかない。
すなはち2次的に入力されたものであって信仰や宗教と類似する、本来のヒトの種の保存のDNAには全く源のないものである。
いわば複雑化しすぎたヒトの脳のバグりである。
もし自然に鯨を食物として認めない者は繁殖と捕食が脳内で混乱しているはずだ。
動物の子はかわいい。手を差し延べたくなる。
これは捕食からまぬかれて生き延びるため、捕食者の頭脳の混線を利用する自然のマヤカシである。蝶の擬態と同じ。ライオンの子が育てばヒトは捕食される。食での愛は錯覚とマヤカシである。
ヒトはいろんな動植物を食べるが、共食いはしない。
そんなDNAを受け継いでおり、だから繁栄している。
ヒトが共食い出来ないのは、ヒトとの生殖の相手になる生き物、つまりヒトだけだ。
共食い忌避のDNAがなければ数を増やせないでその種はすぐに衰退する。
ヒトがヒトと他の動物、たとえばチンパンジー、オランウタンを食べる場合、食材として猿とヒトに感じる感覚には普段気がつかない不連続な段差があるはずだ。それがDNAで得たものと観念的に得たものの差だ。猿は美味いか不味いかだがヒトに感じるのは畏れだ。
ベジタリアンはもし可能ならそれでもいい。しかしヒトの体内ではアミノ酸は容易に合成できない。本当のベジタリアンなら草食動物のように1日中量が多くて無駄な食べ物を食べていなければならない。
そんな効率が悪い方法より食物連鎖の1〜2階層下を選ぶのがはるかに得だ。
肉より効率は悪いが、菜食よりははるかにマシだ。
命を取ることが宗教的にいやなら、全合成したアミノ酸中で組織培養した卵や窒素源と糖を醗酵して作ったたんぱく質の錠剤でも食べていればよい。野菜の命も動物の命と同じ。野菜は葉、茎、細胞単位になってもしつこく生きるから却って始末が悪い。
現在の菜食は土地と光がいる。温室ではマルサスの人口論には対応しきれない。
自然に頼らず、土地の制約を受けないためには装置化する必要があり、これにはタンク培養と核融合反応によるエネルギー供給が適している。
ヒトの未来の食料は野菜主体ではなく、食物連鎖の階層を下がるか、装置化されたバイオ食品だ。
食べ物のの生命は”食べ物の生命”という意味しかないし生命の重さなんて元からない。人間の錯覚や超主観的な物差しで勝手に決めているだけだよ。
反捕鯨なんて一過性のただの宗教だよ。
このDNAのおかげでヒトは効率よく増殖し現在の繁栄を得た。
そのほか毒を識別できないものは死滅して現在に伝わらないとか、死を恐れる、高所恐怖症、人骨を怖がって逃げる、ある種の動物を見て気味悪がる性質など人間が存続するため色々な遺伝形質を獲得した。
反捕鯨派が言う感情の移動は、本来繁殖行為や哺育のためにあるものであり、捕食に愛ヤ知能が関連するなら、それは本来のDNAから来るものではなく、種の歴史から見ればごく最近得た観念的なものでしかない。
すなはち2次的に入力されたものであって信仰や宗教と類似する、本来のヒトの種の保存のDNAには全く源のないものである。
いわば複雑化しすぎたヒトの脳のバグりである。
もし自然に鯨を食物として認めない者は繁殖と捕食が脳内で混乱しているはずだ。
動物の子はかわいい。手を差し延べたくなる。
これは捕食からまぬかれて生き延びるため、捕食者の頭脳の混線を利用する自然のマヤカシである。蝶の擬態と同じ。ライオンの子が育てばヒトは捕食される。食での愛は錯覚とマヤカシである。
ヒトはいろんな動植物を食べるが、共食いはしない。
そんなDNAを受け継いでおり、だから繁栄している。
ヒトが共食い出来ないのは、ヒトとの生殖の相手になる生き物、つまりヒトだけだ。
共食い忌避のDNAがなければ数を増やせないでその種はすぐに衰退する。
ヒトがヒトと他の動物、たとえばチンパンジー、オランウタンを食べる場合、食材として猿とヒトに感じる感覚には普段気がつかない不連続な段差があるはずだ。それがDNAで得たものと観念的に得たものの差だ。猿は美味いか不味いかだがヒトに感じるのは畏れだ。
ベジタリアンはもし可能ならそれでもいい。しかしヒトの体内ではアミノ酸は容易に合成できない。本当のベジタリアンなら草食動物のように1日中量が多くて無駄な食べ物を食べていなければならない。
そんな効率が悪い方法より食物連鎖の1〜2階層下を選ぶのがはるかに得だ。
肉より効率は悪いが、菜食よりははるかにマシだ。
命を取ることが宗教的にいやなら、全合成したアミノ酸中で組織培養した卵や窒素源と糖を醗酵して作ったたんぱく質の錠剤でも食べていればよい。野菜の命も動物の命と同じ。野菜は葉、茎、細胞単位になってもしつこく生きるから却って始末が悪い。
現在の菜食は土地と光がいる。温室ではマルサスの人口論には対応しきれない。
自然に頼らず、土地の制約を受けないためには装置化する必要があり、これにはタンク培養と核融合反応によるエネルギー供給が適している。
ヒトの未来の食料は野菜主体ではなく、食物連鎖の階層を下がるか、装置化されたバイオ食品だ。
食べ物のの生命は”食べ物の生命”という意味しかないし生命の重さなんて元からない。人間の錯覚や超主観的な物差しで勝手に決めているだけだよ。
反捕鯨なんて一過性のただの宗教だよ。
これは メッセージ 9694 (roranjapan さん)への返信です.
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