人と動物の間には深くて暗い河はない
投稿者: discover_100 投稿日時: 2009/09/18 03:15 投稿番号: [59335 / 63339]
>食料生産の効率を考えれば人間の死体を食べることは機能的でしょう。
>「死んだ身内を偲んで、死体を口にする葬儀」という文化(最近、ニューストピックスの
方でanimal_eater2さんも書かれていましたね)なら、禁じる理由を私は見つけられない。
>つまり、これも、民主的に調整すべき文化的価値観の問題でしょう
>動物虐待をしてはいけない理由は、それを「痛そう」「苦しそう」「可哀想」と感じる人
たちに精神的損害を与えるからであり、権利侵害であるから、民主的に調整しなくてはな
らない。
「人類は最初から人間だった訳ではなく、善悪も無い動物だった」と考えられます。
丁度、科学が自然の真理の扉を少しづつ開いてきたように、
道徳観や人道主義の進歩は、変化ではなく、真理の発見であると考えるべきもの。
何故なら、善悪は普遍性を持つ言葉として定義され、それ故に絶大な命令力を有しており、
変転するものならば、これらとの整合性が取れなくなる。
即ち、変化するものなら、「善悪は存在しない」のと同等となる。
真理も時代、地域によって退歩することがある。その典型が焚書・坑儒。魔女狩り。
脳死臓器移植や遺伝子操作など、道徳的に新しい問題も次々発生している。
人を食わないことは、既に解決されている道徳律であり、君らの出現は突然変異というべきもの。
クジラや大型類人猿などの自己認識のできる高知能動物を食さないことも、
明確には掲げられてはいないものの(人肉食も器物損壊に過ぎないが)
文明国では既に暗黙には否定されている。それがクジラ問題である。
これは メッセージ 59333 (mane_hn_taisaku01 さん)への返信です.
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