絶対を信じないこと
投稿者: discover_200 投稿日時: 2009/01/17 03:43 投稿番号: [49756 / 63339]
at 2002 03/14 01:14 編集
哲学では既に2000年以上も前から指摘されている。(「万物は流転する」、パラドクス、
二律背反「クレタ人は皆ウソツキだ、とクレタ人が言った」など)
これらの知恵(予想、期待)の裏返しである不安の生成が、神(=絶対、メタ人間)を創り出したとも言える。
20世紀の前半に科学(量子力学、統計力学等)でも、数学(不完全性定理)でも確認された。
恐らく、科学、数学(論理学)で最も確実なことはこれである。
「絶対(完全)を絶対(完全)に保証する方法は存在しない。」
「これは絶対だ!」という文句は知能や教養が低い者程、山師や犯罪者、薬物中毒者程多用する傾向がある。
これも「言葉の綾、勢い」として使ってるだけで、真の意味の「絶対」と思っている訳ではない。
科学知識と情報の変転が激しい、不確かな現代に生きていて、「絶対」を信じてるとすれば、
それは、精神に異常を来しているかその兆しであると言えよう。
我々は、どちらかを選択する時の不安を解消するのに「絶対(=可能性が極めて高い)」という言葉を使う。
「絶対だ!」と宣言するのは、思考停止、議論打ち切りを相手(自分)に要求する意志表示に過ぎない。
その言葉の頻度は人格、公正さや教養水準のバロメーターになる。
科学を信奉したこと(科学コンプレクス)が、環境破壊を引き起こし、多くの生命や人類を破滅させようとしている。
この科学神話が日本で根強いのは、理科教育の失敗、理科離れに象徴される。
その反動として、奇を衒った「トンデモ本」「マンガ解説」ブームに走らせている。
恰もそれで深い知識を得た気になれる。高校の物理すら理解できぬのに超物理などと言い出すのである。
これは メッセージ 49755 (discover_200 さん)への返信です.
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