宅魔と同根のクジラミ餓鬼
投稿者: discover_200 投稿日時: 2008/08/23 02:35 投稿番号: [39217 / 63339]
”残酷”、”可哀想”という感覚は行動抑制の為に人間に普遍的に備わっているものだ。
”可愛い”という感覚は保護行動を取る為に(鳥類や哺乳類にも)備わっている。
これらが欠損した存在が、畜生であり、餓鬼、人格障害者であると言ってよい。
残酷でも、可哀想と感じても実行してもいいと自己の抑制スイッチを切れば、歯止めがなくなる。
行動抑制するものがなく暴走する。これが宅間などの異常犯罪の土壌なのだ。
「どうして人を殺してはいけないのですか」と問うバケ者が出現してくるのである。
可愛くもないのに、好奇心を満足すれば「カワイイ!」という程度な感情しか持たないバカと
何でも、「カワイソウ!」と言ってのけるバカは全く同じである。
親、教師、上司、客などに怒られてるのを見て「カワイソウ!」と、反射的に口に出すバカ者が増えている。
悪いことをして怒られているのに「可哀想」は無い。
理由を聞いてからでなければ「可哀想」かどうか分からないことだ。
キャベツが食われて「カワイソウ!」ブタが食われるのが「カワイソウ!」と、
口で言いながら笑いながら食っている。この程度の”カワイソウ”なのだ。
この餓鬼どもに、一体「可哀想」という感情があるのだろうか?
有りはしない。あっても極希薄なものだ。だから残酷なことも平気で許容できる。
何でもかんでもちょっと気に入っただけで「カワイイ!」というバカには
本当に「可愛い」とはどういうものかも分かりはしないものだ。
これは メッセージ 39214 (discover_200 さん)への返信です.
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