Re: ●よし、これで1つ目の 横
投稿者: corax_lupus 投稿日時: 2008/06/23 12:57 投稿番号: [33011 / 63339]
sanbaさん
リンク先の文章(Dolpihns and Man... Equals?)をざっと読んでみました。
Lilyの観察と実験は興味深くはあります。しかし、特定の状況下でのハンドウイルカの素早い連合学習能力を示唆するものの、リンク先の文章だけでイルカの知能を断定するのは無理でしょう。
まず、どのようなプロトコルで実験がなされたのかわかりません。行動心理学の実験手順は非常に微妙なものなので、ちょっとした条件の違いによってすぐ結果が変ってしまいます。
次にこの文章ではLilyがどのような実験結果をチンパンジーと比較したかが明確に書かれていません。よって、「チンパンジーならば100回もの試行を必要とし、しかも少数の個体しか学習できない」のが一体何をどう学習させた結果であるかが明確でありません。
以上2点はLilyの原著論文を読めば明らかになるでしょう。現時点では判断を保留します。いずれにせよ、Lilyがどのような結果を述べたにせよ、その後の研究も追跡しないと意味がありません。最近のレビューでも見つかれば読んでおきますが、極度に高い知能を示す客観的な結果は意外に乏しい、という総説を聞いたことはあります。かつてニューサイエンスやフラワームーブメントが流行しましたが、イルカの知能に関して、こういった世相とも関連して過大評価された時期があると聞いた事はあります。
さて、実際にある学習実験について、イルカの方がチンパンジーより成績が良かったとしても、それだけでチンパンジーより「賢い」と呼ぶことはできないと考えます。学習の内容によってその速度や到達度には大きな偏りがあり、学習できる事とできない事がある、ということが知られています。そして、そうした「得手・不得手」は種によって違います。例えばドバトはパターン認識能力は恐ろしく高いのですが、「諦める」という事を学習することがほとんどできません。この場合、人間よりも遥かに優れた学習能力をもって「ドバトは知能が高い」と言うべきでしょうか、それともいつまでも無駄な努力を続ける事をもって馬鹿だと言うべきでしょうか?
(例えるならば、数学の得意なA君と英語の得意なB君、どっちが「賢い」でしょう)
この点については、一般用語としては「人間から見て賢いと感じられる能力が高い場合に、賢いと呼ぶ」というのが暗黙の了解になっているように思われます。しかし、学術的に「賢い」とはどういう事か、定説はありません。このような能力が高い/低いとか、それは何故なのか・・という議論は盛んです。現在、研究者が具体的なディスカッションをする場合には、漠然と「どちらが賢い」というような言い方はしないでしょう。それを踏まえて「では賢いって何だろう」というような議論ならばあり得ますが。
また、Lilyが音声コミュニケーションに関して実験した部分ですが、これも融通の効くコミュニケーション能力を感じさせますが、高い知能を示すと言い切るのは早い。例えばハシブトガラスはしばしば、物音や他個体の音声を「真似ている」ように見えることがあります。あるいはコトドリの物真似能力は恐ろしく高い。これが知能なのか、本能的な能力に過ぎないのか、断言するのは難しいでしょうね。(そもそも知能とか本能とかいう言葉の定義からして難しいのですけれどね)
イルカは「遊んでいる」ように見える行動を取ることが知られており、これも知的に見える理由の一つだと思いますが(スイッチに興味を示したり、音程を変えてみたりするのは遊びとも関連しそうな気がする)、遊びというのがこれまた厄介な概念です。動物学では「遊び」の定義が非常に難しく、研究者によって定義が違うこともしばしばあります。遊びはある程度の知能ないし「好奇心の強さ」を感じさせるのは確かですが、意味づけは一筋縄では行きません。単純に遊びを基準にするなら、子猫は賢く、親猫は賢くない?そんな事はないですよね。
リンク先の文章(Dolpihns and Man... Equals?)をざっと読んでみました。
Lilyの観察と実験は興味深くはあります。しかし、特定の状況下でのハンドウイルカの素早い連合学習能力を示唆するものの、リンク先の文章だけでイルカの知能を断定するのは無理でしょう。
まず、どのようなプロトコルで実験がなされたのかわかりません。行動心理学の実験手順は非常に微妙なものなので、ちょっとした条件の違いによってすぐ結果が変ってしまいます。
次にこの文章ではLilyがどのような実験結果をチンパンジーと比較したかが明確に書かれていません。よって、「チンパンジーならば100回もの試行を必要とし、しかも少数の個体しか学習できない」のが一体何をどう学習させた結果であるかが明確でありません。
以上2点はLilyの原著論文を読めば明らかになるでしょう。現時点では判断を保留します。いずれにせよ、Lilyがどのような結果を述べたにせよ、その後の研究も追跡しないと意味がありません。最近のレビューでも見つかれば読んでおきますが、極度に高い知能を示す客観的な結果は意外に乏しい、という総説を聞いたことはあります。かつてニューサイエンスやフラワームーブメントが流行しましたが、イルカの知能に関して、こういった世相とも関連して過大評価された時期があると聞いた事はあります。
さて、実際にある学習実験について、イルカの方がチンパンジーより成績が良かったとしても、それだけでチンパンジーより「賢い」と呼ぶことはできないと考えます。学習の内容によってその速度や到達度には大きな偏りがあり、学習できる事とできない事がある、ということが知られています。そして、そうした「得手・不得手」は種によって違います。例えばドバトはパターン認識能力は恐ろしく高いのですが、「諦める」という事を学習することがほとんどできません。この場合、人間よりも遥かに優れた学習能力をもって「ドバトは知能が高い」と言うべきでしょうか、それともいつまでも無駄な努力を続ける事をもって馬鹿だと言うべきでしょうか?
(例えるならば、数学の得意なA君と英語の得意なB君、どっちが「賢い」でしょう)
この点については、一般用語としては「人間から見て賢いと感じられる能力が高い場合に、賢いと呼ぶ」というのが暗黙の了解になっているように思われます。しかし、学術的に「賢い」とはどういう事か、定説はありません。このような能力が高い/低いとか、それは何故なのか・・という議論は盛んです。現在、研究者が具体的なディスカッションをする場合には、漠然と「どちらが賢い」というような言い方はしないでしょう。それを踏まえて「では賢いって何だろう」というような議論ならばあり得ますが。
また、Lilyが音声コミュニケーションに関して実験した部分ですが、これも融通の効くコミュニケーション能力を感じさせますが、高い知能を示すと言い切るのは早い。例えばハシブトガラスはしばしば、物音や他個体の音声を「真似ている」ように見えることがあります。あるいはコトドリの物真似能力は恐ろしく高い。これが知能なのか、本能的な能力に過ぎないのか、断言するのは難しいでしょうね。(そもそも知能とか本能とかいう言葉の定義からして難しいのですけれどね)
イルカは「遊んでいる」ように見える行動を取ることが知られており、これも知的に見える理由の一つだと思いますが(スイッチに興味を示したり、音程を変えてみたりするのは遊びとも関連しそうな気がする)、遊びというのがこれまた厄介な概念です。動物学では「遊び」の定義が非常に難しく、研究者によって定義が違うこともしばしばあります。遊びはある程度の知能ないし「好奇心の強さ」を感じさせるのは確かですが、意味づけは一筋縄では行きません。単純に遊びを基準にするなら、子猫は賢く、親猫は賢くない?そんな事はないですよね。
これは メッセージ 32537 (sanba_oosaka さん)への返信です.
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