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人殺しをしてはいけない理由

投稿者: nyonyonyo2002 投稿日時: 2008/06/06 15:37 投稿番号: [30509 / 63339]
簡単に言うと、そのほうがほとんどの人間が安全に生活できるから、だと思います。

もし、人殺しをしてもよい社会であったならば、他人を殺す自由が与えられる代わりに、自分が殺されるかもしれないという危険性を背負うことになります。
社会全体が「人殺しをしてはいけない」というルールを設定すれば、自分を殺そうとする人間が少なくなる。自分にとって利益になるからこのルールを支持する。
社会の大多数の人間が、死にたくないと思えばこのルールが一般的になりうるわけです。

また、ゲーム理論で考えても、人殺しをしてもよいというタカ派多数の社会より、人殺しをしてはだめというハト派多数の社会では、後者のほうが存続する可能性が高いことになります。

さらに、群れや縄張りの最適規模を求めるときと同様に生物学的に考えても、殺人をしてでも食料や異性・生活空間などを確保することができるという利益と、自分を殺そうとする人間から身を守るために支払うエネルギーの損失を天秤にかけたとき、損失が大きすぎて利益とつりあわないので殺人という選択肢が消えます。

いろいろな方法で推論しても、人殺しをしないほうが自分の安全を守れるという結論に至ります。つまり、自分にとって都合がいいから人殺しをしてはいけないというルールが成り立つのです。


ただし、重要なのは「自分は死にたくない」という前提と、個々人に与えられる権利が平等であるという前提が必要だということです。

つまり、「自分は死んでも一向にかまわない」と考える人間が出てきたとき、その人間にとって殺人はダメというルールは意味の無いものになってしまいます。前提が崩れてしまっているために、このような人間に「何故殺人はだめなのか」について説明する術を小生は知りません。

具体的な例で言えば、天涯孤独な人間がその伴侶と子どもを誰かに殺されたとします。自分は死んでもいいから犯人に報復したいと願ったとき、どう説得すればよいでしょう?


さらに、人間をいくつかのグループにわけ、グループ内での殺人は禁止するが他のグループの人間は殺してもかまわないというルールが成り立つとします。すると、たとえば1万人のグループに所属している人間が得る利益や損失と、10人のグループに所属している人間が得る利益や損失に差が生じます。他グループの人間であれば殺人も許されるという複雑なルールの場合、所属するグループの力関係などから個人の損失よりも利益が上回る可能性もあります。この場合も、他グループの人間を殺してはいけない理由について説明する術がありません。

具体的な例で言えば、大国が小集団をテロ集団と断定し危険分子を排除したと報道したとき、その殺人行為が間違っているとどう説明すればよいでしょう?



明確な答えを出すことは非常に難しいことだと小生も考えます。
言えることは、小生は死にたくない。だから、人殺しをしてはいけないというルールを支持する。ただし、伴侶や子どもが無為に殺されるなど、自分が死んでもよいという考えに至ったときまでは保障しない。
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