Re: 教えていただけますか。
投稿者: discover_300 投稿日時: 2008/04/03 01:28 投稿番号: [19009 / 63339]
http://rayinfo.koizumiengei.com/vege/ray/NewFiles/about_mail6.html
私は仏教徒なんですが、ブッダは殺生を非常に嫌いました。
戒律のトップにあげられているのも不殺生戒でした。
基本的には肉食はいけないこととされているのです。
(今の日本の仏教教団はほとんどこの戒律を無視していますが・・・)
ブッダには
「自分にとってつらいこと、イヤなことは他の生物にもしてはならない。」
「生きとし生けるものに幸いあれ」
というような言葉が残っています。
http://www.chugainippoh.co.jp/NEWWEB/n-kikou/20060518.html
仏教のことをたいへん詳しく研究した西洋の学者H・オルデンベルク(Oldenberg, Hermann 一八五四〜一九二〇)は「もしわれわれがジャイナ教の聖典を読むと、そのたびに仏教徒の説を聴くように感じる」と述べているのは象徴的である。 仏教とジャイナ教をたとえていえば、子供のころに同じ土地で幼児期を過ごした二人が、成長してやがて大人になり、振り返ると、現在の置かれた立場や地位は違うが、共通の記憶を保っていた、といったようなものではないかと推測される。その共通の記憶が、仏教でいえば原始仏教聖典のなかに、ジャイナ教でいえばアーガマのなかに保存されていて、両宗教の教典中に並行句として伝承されているのであろう。
最近の学者の研究によると、仏教の有名な七仏通戒偈『法句経』(ダンマパダ)一八三とジャイナ教の祖師マハーヴィーラの出家の際の誓いの言葉が並行関係にあるということが判明した。
すなわち、マハーヴィーラは出家を実行に移すとき、「五掴みの髪を引き抜いて、過去の完成者たちに敬礼し『わたしによって、すべての悪しきことがなされないようにしよう』と考えて、サーマイカ行を受け入れる」と言ったと伝えられている。
この「わたしによって、すべての悪しきことがなされないようにしよう」というのが、七仏通戒偈『法句経』の有名な「諸悪莫作」と並行関係にある表現である。アルダ・マーガディー語の原文とパーリ語の原文では明確な関係が認められる。
このように仏教の根本的な教えを伝えるとされている七仏通戒偈とジャイナ教のマハーヴィーラの言葉が一致を見るということは、両教が根本的なところで、共通項をもっていた、というなによりの証拠とみられるであろう。
(A)の出所を疑っていたようだが、同じ人物が書いたと思われるもの(B)を見つけた。
(A)>慈悲と不殺生が仏教徒の最も大切な実践徳目で、 このため仏教徒の多くは菜食主義者です。 仏陀は肉を食べることを無知による願望 と評し、やめるよう熱心にすすめました。
>仏教徒は、人間がお互いに攻撃しあうのは、動物の扱い方に根源があると信じています。 もし人が動物の生命を尊重しないなら、人間の生命に対してはさらに重視しなくなるでしょう。 もし命を奪う必要のない菜食を日常の食事にすれば、 穏やかで幸福に暮せるし、他人を気遣うようになると、仏教徒は言います。
ヴェーダと同様に仏教でも、生き物に暴力を加えたり、苦痛を感じさせたりする人々は 将来同じ痛みを経験するだろうと述べています。
引用:http://www.google.com/search?q=cache:nPLTy2g3iuQ:www1.ttcn.ne. jp/~trade-food.cars/vege_an.htm+%8F%40%8B%B3%81%40%93%F7%90H&hl=ja
http://www.u-gakugei.ac.jp/~sugilab/class/lesson1_4.htm
(B)仏教の基本的な考え方は「輪廻」と「霊魂の不滅」です。これは古代インドのバラモン教の影響を受けた考え方で、バラモン教から発展したヒンドゥー教も「輪廻」を信じています。「輪廻」とは死んでもまた別の人間や生き物に生まれ変わり、いつまでもそれを繰り返す、ということです。現在の姿は前世の全ての行動の現れと考えます。正しい行いによってのみ、来世における運命が改善されるとしています。仏教徒が人間以外の生き物をどのように見ているかは、仏陀が前世では人でなく別の動物であったという話に最もよく示されています。仏陀のように誰でも皆、前世は動物の姿をしていたのだから、動物を殺す事は人間を殺すのと同じことだというのです。ヴェーダと同様に仏教でも生き物に暴力を加えたり,苦痛を感じさせたりする人は将来同じ痛みを経験するとされています。慈悲と不殺生が仏教徒の最も大切な実践徳目のひとつです。現在,仏
私は仏教徒なんですが、ブッダは殺生を非常に嫌いました。
戒律のトップにあげられているのも不殺生戒でした。
基本的には肉食はいけないこととされているのです。
(今の日本の仏教教団はほとんどこの戒律を無視していますが・・・)
ブッダには
「自分にとってつらいこと、イヤなことは他の生物にもしてはならない。」
「生きとし生けるものに幸いあれ」
というような言葉が残っています。
http://www.chugainippoh.co.jp/NEWWEB/n-kikou/20060518.html
仏教のことをたいへん詳しく研究した西洋の学者H・オルデンベルク(Oldenberg, Hermann 一八五四〜一九二〇)は「もしわれわれがジャイナ教の聖典を読むと、そのたびに仏教徒の説を聴くように感じる」と述べているのは象徴的である。 仏教とジャイナ教をたとえていえば、子供のころに同じ土地で幼児期を過ごした二人が、成長してやがて大人になり、振り返ると、現在の置かれた立場や地位は違うが、共通の記憶を保っていた、といったようなものではないかと推測される。その共通の記憶が、仏教でいえば原始仏教聖典のなかに、ジャイナ教でいえばアーガマのなかに保存されていて、両宗教の教典中に並行句として伝承されているのであろう。
最近の学者の研究によると、仏教の有名な七仏通戒偈『法句経』(ダンマパダ)一八三とジャイナ教の祖師マハーヴィーラの出家の際の誓いの言葉が並行関係にあるということが判明した。
すなわち、マハーヴィーラは出家を実行に移すとき、「五掴みの髪を引き抜いて、過去の完成者たちに敬礼し『わたしによって、すべての悪しきことがなされないようにしよう』と考えて、サーマイカ行を受け入れる」と言ったと伝えられている。
この「わたしによって、すべての悪しきことがなされないようにしよう」というのが、七仏通戒偈『法句経』の有名な「諸悪莫作」と並行関係にある表現である。アルダ・マーガディー語の原文とパーリ語の原文では明確な関係が認められる。
このように仏教の根本的な教えを伝えるとされている七仏通戒偈とジャイナ教のマハーヴィーラの言葉が一致を見るということは、両教が根本的なところで、共通項をもっていた、というなによりの証拠とみられるであろう。
(A)の出所を疑っていたようだが、同じ人物が書いたと思われるもの(B)を見つけた。
(A)>慈悲と不殺生が仏教徒の最も大切な実践徳目で、 このため仏教徒の多くは菜食主義者です。 仏陀は肉を食べることを無知による願望 と評し、やめるよう熱心にすすめました。
>仏教徒は、人間がお互いに攻撃しあうのは、動物の扱い方に根源があると信じています。 もし人が動物の生命を尊重しないなら、人間の生命に対してはさらに重視しなくなるでしょう。 もし命を奪う必要のない菜食を日常の食事にすれば、 穏やかで幸福に暮せるし、他人を気遣うようになると、仏教徒は言います。
ヴェーダと同様に仏教でも、生き物に暴力を加えたり、苦痛を感じさせたりする人々は 将来同じ痛みを経験するだろうと述べています。
引用:http://www.google.com/search?q=cache:nPLTy2g3iuQ:www1.ttcn.ne. jp/~trade-food.cars/vege_an.htm+%8F%40%8B%B3%81%40%93%F7%90H&hl=ja
http://www.u-gakugei.ac.jp/~sugilab/class/lesson1_4.htm
(B)仏教の基本的な考え方は「輪廻」と「霊魂の不滅」です。これは古代インドのバラモン教の影響を受けた考え方で、バラモン教から発展したヒンドゥー教も「輪廻」を信じています。「輪廻」とは死んでもまた別の人間や生き物に生まれ変わり、いつまでもそれを繰り返す、ということです。現在の姿は前世の全ての行動の現れと考えます。正しい行いによってのみ、来世における運命が改善されるとしています。仏教徒が人間以外の生き物をどのように見ているかは、仏陀が前世では人でなく別の動物であったという話に最もよく示されています。仏陀のように誰でも皆、前世は動物の姿をしていたのだから、動物を殺す事は人間を殺すのと同じことだというのです。ヴェーダと同様に仏教でも生き物に暴力を加えたり,苦痛を感じさせたりする人は将来同じ痛みを経験するとされています。慈悲と不殺生が仏教徒の最も大切な実践徳目のひとつです。現在,仏
これは メッセージ 18199 (akagote さん)への返信です.
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