宮沢賢治のビヂテリアン大祭_27
投稿者: capt_paul_watson 投稿日時: 2008/04/01 21:33 投稿番号: [18738 / 63339]
「このお方は神学博士ヘルシウス、マットン博士でありましてカナダ大学の教授であります。此の度はシカゴ畜産組合の顧問として本大祭に御出席を得只今より我々の主張の不備の点を御指摘下さる次第であります。一寸招介申しあげます。」とかう云ふのでありました。私たちは寛大に拍手しました。
マットン博士はしづかにフラスコから水を呑み肩をぶるぶるっとゆすり腹を抱へそれから極めて徐ろに述べ始めました。
「ビヂテリアン同情派諸君。本日はこの光彩ある大祭に出席の栄を得ましたことは私の真実光栄とする処であります。
就てはこれより約五分間私の奉ずる神学の立場より諸氏の信条を厳正に批判して見たいと思ふのであります。然るに私の奉ずる神学とは然く狭隘なるものではない。私の奉ずる神学はたゞ二言にして尽す。たゞ一なるまことの神はゐまし給ふ、それから神の摂理ははかるべからずと斯うである。これに賛せざる諸君よ、諸君は尚かの中世の煩瑣〔はんさ〕哲学の残骸を以てこの明るく楽しく流動止まざる一千九百二十年代の人心に臨まんとするのであるか。今日宗教の最大要件は簡潔である。吾人の哲学はこの二語を以て既に千六百万人の世界各地に散在する信徒を得た。否 凡そ神を信ずる者にしてこの二語を奉ぜざるものありや、細部の諍論は暫らく措け 凡そ何人か神を信ずるものにしてこの二語を否定するものありや。」
咆哮し終ってマットン博士は卓を打ち式場を見廻しました。満場森として声もなかったのです。博士は続けました。
「讃ふべきかな神よ。神はまことにして変り給はない、神はすべてを創り給ふた。美しき自然よ。風は不断のオルガンを弾じ雲はトマトの如く又馬齢薯の如くである。路のかたはらなる草花は或は赤く或は白い。金剛石は硬く滑石は軟らかである、牧場は緑に海は青い。その牧場にはうるはしき牛佇立し羊群馳ける。その海には青く装へる鰯も泳ぎ大なる鯨も浮ぶ。いみじくも造られたる天地よ、自然よ。どうです諸君ご異議がありますか。」
式場はしいんとして返事がありませんでした。博士は実に得意になってかゝとで一つのびあがり手で円くぐるっと環を描きました。
「その中の出来事はみな神の摂理である。総ては総てはみこゝろである。誠に畏き極みである。主の恵み讃ふべく主のみこゝろは測るべからざる哉。われらこの美しき世界の中にパンを食み羊毛と麻と木綿とを着、セルリイと蕪菁〔ターニップ〕とを食み又豚と鮭とをたべる。すべてこれ摂理である。み恵みである。善である。どうです諸君。ご異議がありますか。」
博士は今度は少し心配さうに顔色を悪くしてそっと式場を見まはしました。それから まるで脱兎のやうな勢で結論にはいりました。
「私はシカゴ畜産組合の顧問でも何でもない。たゞ神の正義を伝へんが為に茲に来た。諸君、諸君は神を信ずる。何が故に神に従はないか。何故に神の恩恵を拒むのであるか。速にこれを悔悟して従順なる神の僕となれ。」
博士は最后に大咆哮を一つやって電光のやうに自分の席に戻りそこから横目でぢっと式場を見まはしました。拍手が起りましたが同時に大笑ひも起りました。といふのは私たちは式場の神聖を乱すまいと思ってできる丈けこらえてゐたのでしたがあんまり博士の議論が面白いのでしまひにはたうたうこらえ切れなくなったのでした。一番前列に居た小さな信者が立ちあがって祭司次長に何か云ひました。次長は大きくうなづきました。
その人はこの村の小学校の先生なやうでした。落ちついて祭壇に立ってそれから叮寧にさっきのマットン博士に会釈しました。博士はたしかに青くなってぶるぶる顫えてゐました。その信者は次に式場全体に挨拶しました。拍手は強く起りました。その人は少しニュウファウンドのなまりを入れて演説をはじめました。
マットン博士はしづかにフラスコから水を呑み肩をぶるぶるっとゆすり腹を抱へそれから極めて徐ろに述べ始めました。
「ビヂテリアン同情派諸君。本日はこの光彩ある大祭に出席の栄を得ましたことは私の真実光栄とする処であります。
就てはこれより約五分間私の奉ずる神学の立場より諸氏の信条を厳正に批判して見たいと思ふのであります。然るに私の奉ずる神学とは然く狭隘なるものではない。私の奉ずる神学はたゞ二言にして尽す。たゞ一なるまことの神はゐまし給ふ、それから神の摂理ははかるべからずと斯うである。これに賛せざる諸君よ、諸君は尚かの中世の煩瑣〔はんさ〕哲学の残骸を以てこの明るく楽しく流動止まざる一千九百二十年代の人心に臨まんとするのであるか。今日宗教の最大要件は簡潔である。吾人の哲学はこの二語を以て既に千六百万人の世界各地に散在する信徒を得た。否 凡そ神を信ずる者にしてこの二語を奉ぜざるものありや、細部の諍論は暫らく措け 凡そ何人か神を信ずるものにしてこの二語を否定するものありや。」
咆哮し終ってマットン博士は卓を打ち式場を見廻しました。満場森として声もなかったのです。博士は続けました。
「讃ふべきかな神よ。神はまことにして変り給はない、神はすべてを創り給ふた。美しき自然よ。風は不断のオルガンを弾じ雲はトマトの如く又馬齢薯の如くである。路のかたはらなる草花は或は赤く或は白い。金剛石は硬く滑石は軟らかである、牧場は緑に海は青い。その牧場にはうるはしき牛佇立し羊群馳ける。その海には青く装へる鰯も泳ぎ大なる鯨も浮ぶ。いみじくも造られたる天地よ、自然よ。どうです諸君ご異議がありますか。」
式場はしいんとして返事がありませんでした。博士は実に得意になってかゝとで一つのびあがり手で円くぐるっと環を描きました。
「その中の出来事はみな神の摂理である。総ては総てはみこゝろである。誠に畏き極みである。主の恵み讃ふべく主のみこゝろは測るべからざる哉。われらこの美しき世界の中にパンを食み羊毛と麻と木綿とを着、セルリイと蕪菁〔ターニップ〕とを食み又豚と鮭とをたべる。すべてこれ摂理である。み恵みである。善である。どうです諸君。ご異議がありますか。」
博士は今度は少し心配さうに顔色を悪くしてそっと式場を見まはしました。それから まるで脱兎のやうな勢で結論にはいりました。
「私はシカゴ畜産組合の顧問でも何でもない。たゞ神の正義を伝へんが為に茲に来た。諸君、諸君は神を信ずる。何が故に神に従はないか。何故に神の恩恵を拒むのであるか。速にこれを悔悟して従順なる神の僕となれ。」
博士は最后に大咆哮を一つやって電光のやうに自分の席に戻りそこから横目でぢっと式場を見まはしました。拍手が起りましたが同時に大笑ひも起りました。といふのは私たちは式場の神聖を乱すまいと思ってできる丈けこらえてゐたのでしたがあんまり博士の議論が面白いのでしまひにはたうたうこらえ切れなくなったのでした。一番前列に居た小さな信者が立ちあがって祭司次長に何か云ひました。次長は大きくうなづきました。
その人はこの村の小学校の先生なやうでした。落ちついて祭壇に立ってそれから叮寧にさっきのマットン博士に会釈しました。博士はたしかに青くなってぶるぶる顫えてゐました。その信者は次に式場全体に挨拶しました。拍手は強く起りました。その人は少しニュウファウンドのなまりを入れて演説をはじめました。
これは メッセージ 18737 (capt_paul_watson さん)への返信です.
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