ハンデイキャップをばねに(1)
投稿者: oixkozo 投稿日時: 2004/04/06 21:40 投稿番号: [103 / 509]
生き物は、全てにおいて、適者生存・優勝劣敗・弱肉強食の論理で進化してきた。
この進化の歴史での最高の形態が、人類である。
この人類は、この進化の原動力を反転させようとしてもがいているように見える。
私は高度の近眼で、メガネが無かったら、極度に視野が狭い。
こんな人間は、普通の動物の世界では、他の野獣か同類に殺されていただろう。
人間は身体的な障害を、集団的協力と機械で補うことが出来る。
人間は元々、他の動物と比べて、かなりのハンデイを背負っている存在である。
このハンデイを社会性と知性という武器で乗り越えてきた。
人間集団同士の戦いになると、一般的には、小集団は不利である。
このハンデイを差別というなら、この差別を解消するのは、中々、困難な問題だ。
しかし、戦国時代や今日のビジネス戦争でも、常に、大集団が勝つとは限らない。
人類は集団の力で、マンモスを食料としてきた。
この集団は、同時に、他方では発狂しやすい体質を持っている。
各々の個性・思想・信条を大切にしないと、一時的には効果があっても、
長期的に見れば、集団の活力と創造性は低下する。
歴史上で、おごる大集団に対して、小集団が熱意と知性で勝利する現象は、珍しくない。
己の持つハンデイにひがんだら、ハンデイを持たないものに勝つことは出来ない。
ハンデイをばねにして、おごる相手の意表をつく。
これこそが、ゲームの醍醐味だ。
人類は、このようにして、進化し、知性を発展させてきた。
日本人は、出る杭を打つけど、踏まれた麦を大切にする。
ハンデイをばねに、のし上がるものを大切にする国民である、と考える。
悲劇の演歌と喜劇のマンガの共存は、日本文化を特徴的に表現している、ように見える。
演歌とマンガの世界は、ハンデイを持つ者への、温かいメッセージを散りばねている。
日本人は、社会集団の平和を守るために、知らず知らずの内に、こんな国民性を獲得した。
この平和主義は、集団主義の裏返しである。
平和主義と集団主義こそが日本の強さの象徴であったが、
集団主義は、戦争を媒介にして、とてつもない戦争主義に転化する危険性を孕んでいる。
日本の平和憲法を守ることは、日本人の国際性と知性を高める上で、絶対不可欠である。
この進化の歴史での最高の形態が、人類である。
この人類は、この進化の原動力を反転させようとしてもがいているように見える。
私は高度の近眼で、メガネが無かったら、極度に視野が狭い。
こんな人間は、普通の動物の世界では、他の野獣か同類に殺されていただろう。
人間は身体的な障害を、集団的協力と機械で補うことが出来る。
人間は元々、他の動物と比べて、かなりのハンデイを背負っている存在である。
このハンデイを社会性と知性という武器で乗り越えてきた。
人間集団同士の戦いになると、一般的には、小集団は不利である。
このハンデイを差別というなら、この差別を解消するのは、中々、困難な問題だ。
しかし、戦国時代や今日のビジネス戦争でも、常に、大集団が勝つとは限らない。
人類は集団の力で、マンモスを食料としてきた。
この集団は、同時に、他方では発狂しやすい体質を持っている。
各々の個性・思想・信条を大切にしないと、一時的には効果があっても、
長期的に見れば、集団の活力と創造性は低下する。
歴史上で、おごる大集団に対して、小集団が熱意と知性で勝利する現象は、珍しくない。
己の持つハンデイにひがんだら、ハンデイを持たないものに勝つことは出来ない。
ハンデイをばねにして、おごる相手の意表をつく。
これこそが、ゲームの醍醐味だ。
人類は、このようにして、進化し、知性を発展させてきた。
日本人は、出る杭を打つけど、踏まれた麦を大切にする。
ハンデイをばねに、のし上がるものを大切にする国民である、と考える。
悲劇の演歌と喜劇のマンガの共存は、日本文化を特徴的に表現している、ように見える。
演歌とマンガの世界は、ハンデイを持つ者への、温かいメッセージを散りばねている。
日本人は、社会集団の平和を守るために、知らず知らずの内に、こんな国民性を獲得した。
この平和主義は、集団主義の裏返しである。
平和主義と集団主義こそが日本の強さの象徴であったが、
集団主義は、戦争を媒介にして、とてつもない戦争主義に転化する危険性を孕んでいる。
日本の平和憲法を守ることは、日本人の国際性と知性を高める上で、絶対不可欠である。
これは メッセージ 101 (oixkozo さん)への返信です.
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