「ザルカウィ」の真実(連載05)
投稿者: bonno_216 投稿日時: 2006/07/05 17:57 投稿番号: [93342 / 118550]
●すわ!露見の危機。
2006年に入ると「ザルカウィ」は急速にリアリティを失っていきます。3月、米軍協力者の元捕虜=フセイン・ファハミがイラク警察に逮捕されると、駐留米軍は彼の「口封じ」に躍起となりました。裏幕を知るファハミの口から「ザルカウィの真実」が漏れることを怖れたのです。米軍司令部は特権を利用して、警察に拘留中のファハミを連れ出し、特別待遇と膨大な報酬を用意した上で、口裏をあわせる打ち合わせを行い、異例のマスコミ・インタビューを受けさせました。「組織の上層部については知らない」「我々は殺害請け負い部隊であり、拉致には関与していない」…ファハミは、そう言って世界中を煙に巻きました。
なんとか、これで一応の危機は脱しましたが、CIAから見れば謀略戦に関して素人同然のイラク駐留米軍は、「ザルカウィの真実」に繋がる手がかりを、あまりにも多く残しすぎていました。
多数のイラク人を巻き込んだことで機密保持が困難になり、内部告発者が続出。いつ露見してもおかしくはない状況になったのです。本国のマスコミまでが、ザルカウィの存在について疑問を投げかける記事を書く始末です。
一刻も早く、幕引きをしなければなりません。そして、世界中に浸透した「ザルカウィ」の記憶を、なんとかデリートしなければ…そう考えた駐留米軍は知恵を絞って、ひとつのシナリオを書き上げました。それが「疑問の余地なきザルカウィの殺害」だったのです。
●そっくりさんの悲劇
2006年3月下旬、駐留米軍司令部は、各地の捕虜収容所に対し、極秘で、ある指令を出しました。「カライラに『そっくり』な捕虜を探せ」と言うものです。カライラの容姿については、たった一枚の写真と画質の悪いビデオ映像しか残っておらず、偽物探しは、思ったより簡単なことでした。
だいたい、ザルカウィは「変装の名人」と言う事になっているのですから、一見して「似ても似つかぬ」人物が「ザルカウィ」を名乗ったところで不自然なことではありませんでした。
しかし、米軍の「俄・謀略部」は、連れてこられた「そっくりさん」の髪や髭を、わざわざ「写真のカライラ」と同じように整えさせ、ビデオ撮影したのです。
カライラのそっくりさんは、使い慣れない機関銃を撃ち、用意された声明の原稿をビデオの前で読むことにより、釈放と住居と膨大な現金を約束されました。
ハディッサ事件が紛糾した同4月、この「偽ザルカウィ」ビデオはインターネットを通じて公表されました。多くの人が指摘するように、このタイミングはハディッサ騒動に対する「目隠し」としての役割も持っていたのです。
よせば良いのに、米軍の情報将校=リンチ少将は、直後に「原板を入手した」と言って「射撃失敗」のシーンを公表、偽ザルカウィをこき下しました。しかし、これは後に続く「ザルカウィ殺害劇」の伏線でもあったのです。
2006年6月7日、釈放された「そっくりさん」は、米軍から提供された、バクバ郊外の民家で、贅沢三昧の生活を楽しんでいました。そこをいきなり米軍の特殊部隊が包囲し、銃撃し始めたのです。驚いた「そっくりさん」は、手持ちの武器で応戦します。しかし、特殊部隊の任務は彼を殺害することではなく、在宅を確認し、逃亡を阻止することにありました。
無線で「そっくりさん」の在宅確認を通知された米空軍のF16戦闘機二機は、すぐさま駆けつけ、標的に500ポンド精密誘導弾を2発撃ち込んだのです。
死体を持ち帰った特殊部隊は、身元確認のため、それを米軍の検死機関に送りました。そこには、つい先月「ザルカウィの隠れ家から採取された」彼の指紋と毛髪(DNA鑑定のためのサンプル)があったのです。
なんのことはない、それは「そっくりさん」の指紋と毛髪なのですから一致して当然ですね。こうして「疑問の余地なきザルカウィの殺害」という題の最終幕は完了したのですが・・・。
(つづく)
2006年に入ると「ザルカウィ」は急速にリアリティを失っていきます。3月、米軍協力者の元捕虜=フセイン・ファハミがイラク警察に逮捕されると、駐留米軍は彼の「口封じ」に躍起となりました。裏幕を知るファハミの口から「ザルカウィの真実」が漏れることを怖れたのです。米軍司令部は特権を利用して、警察に拘留中のファハミを連れ出し、特別待遇と膨大な報酬を用意した上で、口裏をあわせる打ち合わせを行い、異例のマスコミ・インタビューを受けさせました。「組織の上層部については知らない」「我々は殺害請け負い部隊であり、拉致には関与していない」…ファハミは、そう言って世界中を煙に巻きました。
なんとか、これで一応の危機は脱しましたが、CIAから見れば謀略戦に関して素人同然のイラク駐留米軍は、「ザルカウィの真実」に繋がる手がかりを、あまりにも多く残しすぎていました。
多数のイラク人を巻き込んだことで機密保持が困難になり、内部告発者が続出。いつ露見してもおかしくはない状況になったのです。本国のマスコミまでが、ザルカウィの存在について疑問を投げかける記事を書く始末です。
一刻も早く、幕引きをしなければなりません。そして、世界中に浸透した「ザルカウィ」の記憶を、なんとかデリートしなければ…そう考えた駐留米軍は知恵を絞って、ひとつのシナリオを書き上げました。それが「疑問の余地なきザルカウィの殺害」だったのです。
●そっくりさんの悲劇
2006年3月下旬、駐留米軍司令部は、各地の捕虜収容所に対し、極秘で、ある指令を出しました。「カライラに『そっくり』な捕虜を探せ」と言うものです。カライラの容姿については、たった一枚の写真と画質の悪いビデオ映像しか残っておらず、偽物探しは、思ったより簡単なことでした。
だいたい、ザルカウィは「変装の名人」と言う事になっているのですから、一見して「似ても似つかぬ」人物が「ザルカウィ」を名乗ったところで不自然なことではありませんでした。
しかし、米軍の「俄・謀略部」は、連れてこられた「そっくりさん」の髪や髭を、わざわざ「写真のカライラ」と同じように整えさせ、ビデオ撮影したのです。
カライラのそっくりさんは、使い慣れない機関銃を撃ち、用意された声明の原稿をビデオの前で読むことにより、釈放と住居と膨大な現金を約束されました。
ハディッサ事件が紛糾した同4月、この「偽ザルカウィ」ビデオはインターネットを通じて公表されました。多くの人が指摘するように、このタイミングはハディッサ騒動に対する「目隠し」としての役割も持っていたのです。
よせば良いのに、米軍の情報将校=リンチ少将は、直後に「原板を入手した」と言って「射撃失敗」のシーンを公表、偽ザルカウィをこき下しました。しかし、これは後に続く「ザルカウィ殺害劇」の伏線でもあったのです。
2006年6月7日、釈放された「そっくりさん」は、米軍から提供された、バクバ郊外の民家で、贅沢三昧の生活を楽しんでいました。そこをいきなり米軍の特殊部隊が包囲し、銃撃し始めたのです。驚いた「そっくりさん」は、手持ちの武器で応戦します。しかし、特殊部隊の任務は彼を殺害することではなく、在宅を確認し、逃亡を阻止することにありました。
無線で「そっくりさん」の在宅確認を通知された米空軍のF16戦闘機二機は、すぐさま駆けつけ、標的に500ポンド精密誘導弾を2発撃ち込んだのです。
死体を持ち帰った特殊部隊は、身元確認のため、それを米軍の検死機関に送りました。そこには、つい先月「ザルカウィの隠れ家から採取された」彼の指紋と毛髪(DNA鑑定のためのサンプル)があったのです。
なんのことはない、それは「そっくりさん」の指紋と毛髪なのですから一致して当然ですね。こうして「疑問の余地なきザルカウィの殺害」という題の最終幕は完了したのですが・・・。
(つづく)
これは メッセージ 93341 (bonno_216 さん)への返信です.
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