新しい文脈で見た「テロ」 2
投稿者: masajuly2001 投稿日時: 2006/05/31 18:57 投稿番号: [92152 / 118550]
9・11をアルカイダがやった仮定しての話だが、別に9・11は過去に関係なく突然起きたことではない。それまで中東で米国がやってきたことの反映で、その関係の中で起きたことだ。アルカイダがやったと仮定すれば、アルカイダは、米国との戦いという文脈の中で、米国が中東でやっていることを米国民に知らせるとかのインパクトを求め、一種の「戦術」として行ったことになる。
では、ハディーサの虐殺はどうか。これと同様の虐殺は、主要メディアによって伝えられていないだけで、数多く報告されている。だから、これは「一部の不心得者のやったこと」ではなく、イラク米軍の「戦術」として考えられるべきことだ。つまり、道路脇爆弾によって米兵とかに犠牲者が出たとき、その近隣の住民が米軍に協力しなければ、家族皆殺しにするというメッセージだ。
つまり、アルカイダも米軍もともに「戦術としてのテロ」をやったということなのだ。
まあ、隙のない理屈を構築するまでにならないけど、米軍にしてもイラクの反占領武装勢力にしても、一般市民を標的にしたという点で「戦術としてのテロ」という見方をすると、イラクばかりでなく、米国がプロパガンダする「テロ」の意味が理解できるのではないだろうか。「テロ」を戦術と考えると、アルカイダばかりでなく、米軍もテロリスト集団になりうるし、またそのどちらもテロリスト集団でなくなりうる、という視点が重要だと思う。
これは メッセージ 92151 (masajuly2001 さん)への返信です.
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