革命か分断かイラクのパレスチナ化の真相③
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2006/05/05 02:47 投稿番号: [91180 / 118550]
ダアワ党やサドル潮流の掲げる原則主義的なイスラーム主義によって
統一的なイラクが運営されるよりも、
・世俗性を残したクルド地域、
・必要に応じて対米友好関係も築くことの出来るSCIRI率いる南部シーア派地域
・ある程度旧体制派の登用を容認された中西部スンナ派地域に
イラクを分断して、個別に監督する方が米政権としてはやり易いと考えている。
だがそこには政治エリートの長さえ把握しておけばよしとする、
イラク戦争以前からの米政権の発想を軌道修正する気配はない。
戦後のイラクで進行していることは、実態としての「革命」である。
強権的な世俗独裁政権であるフセイン政権を取り除いた時に、そこに忍従して
いた持たざる不満層は、独裁政権の下で苦渋をなめ続けた自分達こそが
「イラク人」であるとして、「イラク」と言う国の主人であることを要求した。
その新生イラクの求心力となる思想に、イスラーム主義を掲げたのが
サドル潮流であり、それに共闘するのがダアワ党である。
戦争という体制転換の機会を捉えて、彼らが目指したのは、
米軍ではなく、自分達の手による事後的な「革命」である。
彼らにとっては、領土的にイラクを分割して異なる国家理念と共存することは、
「革命」の頓挫である。
その意味では、連邦選挙後の正式政権の産みの苦しみは、
新生イラクが「革命」を追求するのか、途中で妥協的な分断のまま終結するのか
を巡る、深刻な路線対立によるものだといえよう。
<結語>
米政権がこだわる宗派・民族別の統治という発想は、
「異なる社会集団が、リアリズムに基いた利害関係によって平和裏に並存する」
ことを前提としている。
中東社会はそれぞれの社会集団の並存によって成り立ち、それぞれの社会集団は
各代表を持って「ボス交」をする、との認識が、米政権の発想の根底にある。
イラクの戦後政治は、米政権にとっては各集団のボス選びである。
この「異なる社会集団が、リアリズムに基いた利害関係によって平和裏に並存
する」ことは、共存と同義ではない、共存相手の生活に同情し共感することに
よって「共存」が成立するほど現実は理想的ではないから、自分の治安を確保
する為に他者に対して現実的な妥協を行う、その過程でリアリズムに基づいた
「並存」の「平和」が達成できる。ここで構築される「平和」においては、
人々は他者/他の宗派、他の民族の安全には興味がない。自分達の安全にしか
興味がない。あるいは、自分達が何をしているか/するかしか、興味がない。
そうした発想は、現在のイスラエルにおける「自分達の治安を確保する為に
一方的に占領地から撤退する」という行動を、「和平の実現」と呼ぶのと
同じである。
更にいえば、米軍の撤退を求める米国世論もまた、「共存」ではない「並存」を
前提とした平和を求めているに過ぎない。米軍の撤退を求める声は、米国人が
イラクで何をしているのかに興味を持つことから発声される。彼らの多くは、
「イラクを占領している」あるいは、「イラク人を虐待している」
米国民としての行動に責任を取ることだけを、問うているに過ぎない。
戦争以前のイラク社会において、リアリズムに徹する為に必要な
「他者がどうあれ自分達が何をしているか」についての責任感意識は成立して
いなかった。換言すれば、自分達の利害を第一に考えて「並存の平和」を
選択するという発想は存在していなかった。ここで「なかった」というのは、
責任感を持たなかったことを問題視しているのではない。
「自分達とは誰か=何の宗派か、何の民族か、何の部族か」の
明確な弁別意識がなかった、ということである。
戦争、占領と続く過程で、国民は複数の宗派への帰属意識に矮小化され、
弁別されていく。
混乱の続く戦後のイラクを評して、「イラクのパレスチナ化」と
しばしば言われる。しかしその言いが正しいのは、形態としての占領という
共通性によってではなく、これまで共存してきた同胞の他者化を強いられる
ということと、自己社会に対してのみ責任意識を持つことでしか平和が構築
しえない、という発想が植えつけられる、という点で、パレスチナとイラクは
同じ不幸な道を辿っているからである。
統一的なイラクが運営されるよりも、
・世俗性を残したクルド地域、
・必要に応じて対米友好関係も築くことの出来るSCIRI率いる南部シーア派地域
・ある程度旧体制派の登用を容認された中西部スンナ派地域に
イラクを分断して、個別に監督する方が米政権としてはやり易いと考えている。
だがそこには政治エリートの長さえ把握しておけばよしとする、
イラク戦争以前からの米政権の発想を軌道修正する気配はない。
戦後のイラクで進行していることは、実態としての「革命」である。
強権的な世俗独裁政権であるフセイン政権を取り除いた時に、そこに忍従して
いた持たざる不満層は、独裁政権の下で苦渋をなめ続けた自分達こそが
「イラク人」であるとして、「イラク」と言う国の主人であることを要求した。
その新生イラクの求心力となる思想に、イスラーム主義を掲げたのが
サドル潮流であり、それに共闘するのがダアワ党である。
戦争という体制転換の機会を捉えて、彼らが目指したのは、
米軍ではなく、自分達の手による事後的な「革命」である。
彼らにとっては、領土的にイラクを分割して異なる国家理念と共存することは、
「革命」の頓挫である。
その意味では、連邦選挙後の正式政権の産みの苦しみは、
新生イラクが「革命」を追求するのか、途中で妥協的な分断のまま終結するのか
を巡る、深刻な路線対立によるものだといえよう。
<結語>
米政権がこだわる宗派・民族別の統治という発想は、
「異なる社会集団が、リアリズムに基いた利害関係によって平和裏に並存する」
ことを前提としている。
中東社会はそれぞれの社会集団の並存によって成り立ち、それぞれの社会集団は
各代表を持って「ボス交」をする、との認識が、米政権の発想の根底にある。
イラクの戦後政治は、米政権にとっては各集団のボス選びである。
この「異なる社会集団が、リアリズムに基いた利害関係によって平和裏に並存
する」ことは、共存と同義ではない、共存相手の生活に同情し共感することに
よって「共存」が成立するほど現実は理想的ではないから、自分の治安を確保
する為に他者に対して現実的な妥協を行う、その過程でリアリズムに基づいた
「並存」の「平和」が達成できる。ここで構築される「平和」においては、
人々は他者/他の宗派、他の民族の安全には興味がない。自分達の安全にしか
興味がない。あるいは、自分達が何をしているか/するかしか、興味がない。
そうした発想は、現在のイスラエルにおける「自分達の治安を確保する為に
一方的に占領地から撤退する」という行動を、「和平の実現」と呼ぶのと
同じである。
更にいえば、米軍の撤退を求める米国世論もまた、「共存」ではない「並存」を
前提とした平和を求めているに過ぎない。米軍の撤退を求める声は、米国人が
イラクで何をしているのかに興味を持つことから発声される。彼らの多くは、
「イラクを占領している」あるいは、「イラク人を虐待している」
米国民としての行動に責任を取ることだけを、問うているに過ぎない。
戦争以前のイラク社会において、リアリズムに徹する為に必要な
「他者がどうあれ自分達が何をしているか」についての責任感意識は成立して
いなかった。換言すれば、自分達の利害を第一に考えて「並存の平和」を
選択するという発想は存在していなかった。ここで「なかった」というのは、
責任感を持たなかったことを問題視しているのではない。
「自分達とは誰か=何の宗派か、何の民族か、何の部族か」の
明確な弁別意識がなかった、ということである。
戦争、占領と続く過程で、国民は複数の宗派への帰属意識に矮小化され、
弁別されていく。
混乱の続く戦後のイラクを評して、「イラクのパレスチナ化」と
しばしば言われる。しかしその言いが正しいのは、形態としての占領という
共通性によってではなく、これまで共存してきた同胞の他者化を強いられる
ということと、自己社会に対してのみ責任意識を持つことでしか平和が構築
しえない、という発想が植えつけられる、という点で、パレスチナとイラクは
同じ不幸な道を辿っているからである。
これは メッセージ 91179 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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