対イラク武力行使

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Re: CIAとは何するものぞ

投稿者: bonno_216 投稿日時: 2006/03/23 16:55 投稿番号: [89466 / 118550]
>これだけでアルカイダの定義を全て否定するというのは、

  そこですよ!   「アルカイダの定義」…それは何時できたのでしょう?   1997年以前には「アルカイダ」と言う名のテロ組織(もしくはネットワーク)に関する情報や研究は皆無です。どこどこのイスラム過激派が「アルカイダの下部組織」だったというような話は、すべて1998年以降に出てきたものです。

  1998年10月、米国国務省は「海外指定テロ組織」のリストに、ひとつだけ新たな組織を追加しました。それが「アルカイダ」であり、1990年ごろ、サウジアラビアの富豪ウサマ・ビンラディン氏によって創設されたとなっています。

  しかし、1988年にビンラディン氏が設立した「アルカイダ(イスラム救国基金)」は合法的組織で、主にアラブ諸国からアフガンに出向く義勇兵のリクルート、義勇軍活動に対する寄付の受付窓口として機能していました。もちろん、これにCIAが協力していたことは言うまでもありません。

  1989年のソ連軍撤退後、アルカイダは消滅し、以後その名前はどこにも見当たらなくなります。ビンラディン氏はスーダンに移住後、事業活動を活発に行い、以前自分がリクルートした「アラブ義勇兵」達の多くを社員にしています。しかし、彼の合法的企業を「テロ組織」とは呼べません。

  ビンラディン氏は、事業活動を行う一方で、サウジ政権を強烈に批判したり、各地の反政府運動に資金援助していたりしましたが、彼自身が指揮する軍事組織は作っていませんでした。

  サウジアラビアの国籍を剥奪された時も「忠言と改革委員会」という抗議グループを作りましたが、その活動は主に出版やキャンペーンであり、武装闘争ではありませんでした。

  ビンラディン氏が「数千名の私設軍隊」を持っていたという話は、2001年の911以後になって、初めて語られるようになるのです。

  1996〜7年にアフガンへ移住した時も、彼の軍隊は存在していません。少数の取り巻きと共に、どちらかと言うと「世捨て人」的な生活を送りながら、ときおりメディアに登場しては、過激な反米思想を叫ぶ「アジテーター」でしかなかったのです。

  98年のケニア、タンザニア米大使館爆破事件を受けて、米国はビンラディン氏を、その首謀者だと断定しました。しかし、組織を持たないビンラディン氏を米国の裁判所で告訴するには、証拠がほとんどなかったのです。

  そこで、検察はこの事件を「組織犯行」と定義し、その名前を、以前ビンラディン氏が運営していた「イスラム救国基金=アルカイダ」だとしました。「アルカイダ」が98年になって、初めて「海外指定テロ組織」に認定されたのは、それまで組織が存在しなかったからです。93年WTC爆破事件や、フィリピンの「ボジンカ計画」未遂事件に「アルカイダ」が関与していたとされたのも、この時です。

  つまり「アルカイダ」の定義は、「アルカイダ」を追跡、調査して定められたものではなく、いろいろなテロ事件を、上意
下達型のテロ組織に統合させるため、作られたものなのです。

  911以後「アルカイダ」の定義は急速に拡大します。「アルカイダ」は数千人の兵員と、世界60カ国に支部を持つ巨大な組織とされました。彼らは傍受困難な、高度通信技術を有し、本格的な軍事訓練施設を持ち、生物化学兵器は言うにおよばず、核兵器開発にまで手を染めているとされました。これが「アルカイダ神話」の誕生です。

  あなたは、この大部分が戦時宣伝で構成された「アルカイダ神話」を「アルカイダの定義」だと勘違いしておられるのではないでしょうか?
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