Re: 黙れ完全思考停止
投稿者: immoralbeloved 投稿日時: 2006/02/23 20:04 投稿番号: [88126 / 118550]
>第三の、「おそらく五大国も平和を希求している」というポイントだが。ここでどうして五大国が平和を希求しているように感じるのか
貴様の答えは:
「もしそうで無いとしたら、即ち平和を希求してい無いとしたら、東西冷戦は相互核戦争で終わり、人類は絶滅していただろう。」
実にほほえましいほど稚拙な答えだ。挙句に:
「核戦争に成らなかったのはお互いに「死にたく無かった」だろうが、「死にたく無い」は平和希求の原点だからね、良く覚えておけ!」
「死にたくない」という生存本能は、同時に「他を蹴落とす」というサバイバル意識にも繋がっているという人の真理も覚えておけ。だから冷戦下、全面戦争は愚かだが、局地的な代理戦争が行われ、世界の勢力図が塗り替えられていったのだろうが。そして最終的には米国が勝利した。その勝利のためにどれほどの国が、人々が自由を失い米国の推す独裁者の支配を甘受しなければならなかったか。それが全面戦争を避けたことによって得られた「平和」な状態だというのなら俺は貴様の神経を疑う。結局は、大国が生き残っただけのことだろう?
本論に戻るぞ。
defactoな軍需独裁状態にあるのは、何も米国だけではない。米国に次ぐ軍事力を持つ他の軍事大国も同じ状態にある。英仏露中がそうだ。このうち、イラク戦争に諸手を上げて参戦したのは英国だけだが、それも各国が軍需による縛りを受けていたからである。米国とともに、イラン・イラク戦争時に武器を供給し続け、停戦後も各自各様に支援をし続け、利潤を得ていたからだ。つまり、米英が軍需によって戦争に突き動かされていたのに対し、仏露中も軍需によって参戦を果たさなかっただけなのである。これら五大国の根底には、やはり「軍需に逆らえない」という、軍需独裁体制下にあることの弱みがあるのである。そのために双方が国民を欺き、説得し、扇動して、互い互いの戦争を戦うわけだ。それは何も軍事を使った戦争ではないが、「軍需」というエスタブリッシュメントを守るための存続をかけた熾烈な戦いなのである。
さて、やっと本題だが、こうした背景があるなかで米国が「永続的戦争」を国家の基本戦略として掲げたらどうなるか。まずはその新たな戦争がもたらす利潤が試算され、各国の軍需がその戦争に関わるかどうかの判断を下すことになる。ここでもまた、既得権益を守るか新たな権益を目指すかで、五大国のつくる国際社会は割れるだろう。だがもしこの戦争で得られる利潤がこれまでのどの戦争よりも大きいという結論に達すれば、五大国は表向きは従来のロールで賛否両論を戦わせながらも、結局は呉越同舟。同じ舟に乗って共通の目的に沿って漕ぎ出すことになるだろう。
ここであらためて云う。
「犠牲を承知の上で世界平和の戦」というが、これに仮に世界が追随したとしても、そこで追随しているのは世界各国の軍部であり政財界であり、その目的は間違っても「世界平和の達成」ではない。
それは、現代では平和が必ずしも共通の利益ではないからだ。
共通の利益とはつまり、より実質的な、目に見える利潤なのである。
利潤のみを追求する者にとっては、平和は実質的な利益ではないのである。
以上だ
貴様の答えは:
「もしそうで無いとしたら、即ち平和を希求してい無いとしたら、東西冷戦は相互核戦争で終わり、人類は絶滅していただろう。」
実にほほえましいほど稚拙な答えだ。挙句に:
「核戦争に成らなかったのはお互いに「死にたく無かった」だろうが、「死にたく無い」は平和希求の原点だからね、良く覚えておけ!」
「死にたくない」という生存本能は、同時に「他を蹴落とす」というサバイバル意識にも繋がっているという人の真理も覚えておけ。だから冷戦下、全面戦争は愚かだが、局地的な代理戦争が行われ、世界の勢力図が塗り替えられていったのだろうが。そして最終的には米国が勝利した。その勝利のためにどれほどの国が、人々が自由を失い米国の推す独裁者の支配を甘受しなければならなかったか。それが全面戦争を避けたことによって得られた「平和」な状態だというのなら俺は貴様の神経を疑う。結局は、大国が生き残っただけのことだろう?
本論に戻るぞ。
defactoな軍需独裁状態にあるのは、何も米国だけではない。米国に次ぐ軍事力を持つ他の軍事大国も同じ状態にある。英仏露中がそうだ。このうち、イラク戦争に諸手を上げて参戦したのは英国だけだが、それも各国が軍需による縛りを受けていたからである。米国とともに、イラン・イラク戦争時に武器を供給し続け、停戦後も各自各様に支援をし続け、利潤を得ていたからだ。つまり、米英が軍需によって戦争に突き動かされていたのに対し、仏露中も軍需によって参戦を果たさなかっただけなのである。これら五大国の根底には、やはり「軍需に逆らえない」という、軍需独裁体制下にあることの弱みがあるのである。そのために双方が国民を欺き、説得し、扇動して、互い互いの戦争を戦うわけだ。それは何も軍事を使った戦争ではないが、「軍需」というエスタブリッシュメントを守るための存続をかけた熾烈な戦いなのである。
さて、やっと本題だが、こうした背景があるなかで米国が「永続的戦争」を国家の基本戦略として掲げたらどうなるか。まずはその新たな戦争がもたらす利潤が試算され、各国の軍需がその戦争に関わるかどうかの判断を下すことになる。ここでもまた、既得権益を守るか新たな権益を目指すかで、五大国のつくる国際社会は割れるだろう。だがもしこの戦争で得られる利潤がこれまでのどの戦争よりも大きいという結論に達すれば、五大国は表向きは従来のロールで賛否両論を戦わせながらも、結局は呉越同舟。同じ舟に乗って共通の目的に沿って漕ぎ出すことになるだろう。
ここであらためて云う。
「犠牲を承知の上で世界平和の戦」というが、これに仮に世界が追随したとしても、そこで追随しているのは世界各国の軍部であり政財界であり、その目的は間違っても「世界平和の達成」ではない。
それは、現代では平和が必ずしも共通の利益ではないからだ。
共通の利益とはつまり、より実質的な、目に見える利潤なのである。
利潤のみを追求する者にとっては、平和は実質的な利益ではないのである。
以上だ
これは メッセージ 88125 (immoralbeloved さん)への返信です.
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