bonno_216さんへ
投稿者: hoop_job 投稿日時: 2006/02/23 19:15 投稿番号: [88122 / 118550]
>>刑法や刑事訴訟法の概念を援用されているのだと思います。
>あは、残念ながら違ってます(笑)。
どうも、トンチンカンですみませんでした(笑)
>恐怖(テロ)を利用して統制を強化しようとする政府は、戦争を回避する能力も意思も持たない政府である…これが、私の最も言いたいことなのです。
なるほど・・・
私なりの理解を示したいと思います。
「善」とか「正義」というのは、本来、個人にしろ集団にしろ「健全な社会的態度を維持する」ことであり、「できて当然とされるが、実は難しい地味な努力」である。
親が子を守り、企業家が社員の生活を守り、政治家が国民の生活の向上への処方箋を国会で予算や法律という形で示し、公務員はその処方箋に忠実に従う。
・・・しかし、「善」や「正義」を示すチャンスは「悪」との対比こそにある。仮想的な「悪」を肥大化させることで、「善」や「正義」のイメージを外的に示すことを政治が自己目的化したとき、bonno_216さんのおっしゃるところの・・・
「無能な政府」が「内外の危機を煽り、より強大な権力の獲得に邁進」することになる。
そんなところでしょうか?
これは メッセージ 88060 (bonno_216 さん)への返信です.
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