対イラク武力行使

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nanntyattesamuraiさんへ

投稿者: bonno_216 投稿日時: 2006/02/22 14:36 投稿番号: [88052 / 118550]
  どうも、はじめまして。

  う〜ん、私は「個」にスタンスを置いているんじゃなくて「人間」にスタンスを置くという立場なんですが…。ここで言う「人道人権」という概念は「社会全体」を前提にしたものであり、「安全」という概念も「個人の安全」を含むものです。

  つまり「安全保障」は、国家等「全体」だけの問題ではなく、「人道人権」は「個人」だけの問題ではないってことですね。

  ですから、「全体と個と言うグルーピングのスタンス」では話が見えてこないのです。「全体の安定vs個人の自由および権利」という図式だと、ファシズムvsアナーキズムの両極議論になります。しかし、全体と個人の調和の中に「安全保障」もあれば「人道人権」もあるのですから、これを両極に分解して対立概念とすれば、どちらも極論となり、共に他方を犠牲にしなければ成り立たないことになってしまいます。

  私は「人道人権を犠牲にして安全保障を優先する」立場を「全体主義」(ファシズム)だと批判しましたが、一方の「人道人権」主義については、「個人主義」という意味で使っているのではありません。もし「国家の安全保障を犠牲にして個人の自由および権利を優先する」と言うのなら、それは極端な「個人主義」(アナーキズム)ですが、先に書いたように「人道人権」は個人だけの問題ではありません。読んで字のごとく「人」間全体の問題なのです。

  そして、くどいようですが「安全保障」も「人道人権」の一構成要因であり、すぐれて「人間」の問題です。全体の安全のために個人の安全を犠牲にする「全体主義」は、人間社会の問題としての「安全保障」から見た場合、全く別の次元にあるわけです。

  nanntyattesamuraiさんの錯誤は、「安全保障=全体主義」「人道人権主義=個人主義」と単純図式化してしまったところにあるように思います。この等式はどちらも真ではないのです。最初の命題が「国家システムの安全vs国民の自由および権利の拡大」であれば、そのような比類も可能ですが、「安全保障vs人道人権」なら「人道人権」を優先するのが当たり前ではないでしょうか?
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