「ジハードとフィトナ」ジル・ケペル③
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2006/01/11 23:29 投稿番号: [86756 / 118550]
湾岸戦争で米軍の聖地駐留を承認することの引き換えに、
ワッハーブ派は権限を急激に増大した。
留まる所を知らない思想教育にまで突き進んだ。
「この交換条件を機に、サウジはイスラム化の底無し沼に
足を踏み入れてしまった」
「アラーの支配権(ハキミーヤ)をイスラム国家と不信心者の世界を区別する
崇高な基準として認知する解釈はクトゥブ兄弟の著作から直接汲み取ることが
できる。
サウド王家は神聖なるハキミーヤではなく己の気まぐれと財政的・政治的な
利害関係に基いて国を治めているというのは、サーワの思想の受け止め方」
サーワの主な活動家達は一斉検挙された。
1999年釈放され、再び運動が活発化。
しかし彼らはテロは非難する。
サウド王家は一定の民主化によって危機を乗り切ろうとしている。
しかし、「象徴的なジェスチャーが実質的な政治改革の役割を
肩代わりすることはできない」
<第六章:パンドラの箱:イラク>
「1980年代における人口の爆発的な増加によって、
歴史の記憶などに関わりのない若者が世に出て、ただ生きることに専念した。
この地域では、既存の正統的政治体制が
暴力と身勝手な専制政治に打ち負かされてしまった。
富や仕事を手に入れようと思えば、汚職か詐欺か力に頼る以外に方法はない。
このような欲求不満の固まりのような若者達が、イラクの人口の大多数を構成し
ワシントンでイラクの占領政策を立案している人々の予想を
完全に裏切ってしまった」
「イラク侵攻作戦が継続している間はアメリカとクルド人に共通していた目標が
今後も共通の目標としてとどまる保証はない」
フセインは湾岸戦争後、独裁体制延命の為、
イスラム宗教色を政治的に利用しようとした。
その為、イラクでは、バース党の弾圧で消滅していた各種宗教勢力、
そのネットワークが復活した。(シーア派やムスリム同胞団)
(サーディク・サドルによる金曜礼拝の再開など)
フセイン政権崩壊後、権力の空白の場に、姿を現したのは、
シーア派のネットワークだった。
アルバインの儀式には三百万人が参加。
メッカへの巡礼は二百万人だった。
九年間にも及ぶイラン・イラク戦争で、相互に殺し合った。
「相手が同じ宗教を信じているかどうかは関係なかった。
いや、むしろ愛国心を強固にしたのではなかろうか」
「アメリカがイラクでテロ対策に追われている間に、ジハードの信奉者達は
敵の背から新たな戦線を開くことに成功した。ヨーロッパ戦線である」
<第七章:ヨーロッパの戦い>
以前は共産党の支持母体だった貧困者層が今ではイスラム教徒で構成されている
テロ活動が地方分権化
「テロ事件の実行犯は地元の活動家が中心で、
それをジハディストのネットワークが国境を越えて支援した形になっている」
<欧州で再現される内部対立>
・ワッハーブ派はテロを非難し、精神的内面生活の充実を訴える
・タブリーグ、シェイク主義者、ムスリム同胞団は市民社会に溶け込む
「不信心者の土地」にも二種類あり、
・「戦争の土地」ダール・アルハルブ:ジハードが許される
・「協定の土地」ダール・アルソルフ:暴力は許されない
ジハディストにとっては、前者であり、
シェイク主義者によれば後者
「内戦の最中、アルジェリアのワッハーブ派は地下に潜行し、
戦闘の中止を働きかけた。
アルジェリア政府は、サウジアラビア政府と暗黙のうちに協力関係を結び、
これらの聖職者を支援した。
そして、ジハードに走る若者達を政治と関係のないワッハーブ派の道に
立ち戻らせるファトワを出すよう働きかけた。
この戦略は成功し、1997年、内戦は終結した」
<結論>
「中東のイスラム教徒にとって、中東の民主化や近代化を
目標に掲げている人々は、ブッシュ政権のイスラエル寄りの姿勢と
一体化しているようにしか見えない」
「今日、教養ある中流階級のイスラム教徒にとって、「欧米型の」という形容詞
を冠した「民主主義」という言葉は、強いマイナスの意味合いを持っている」
「中東諸国の独裁政権にとって、この民主化に対する幻滅感が極めて有効である
統治者達は、あたかも外国の帝国主義と戦うナショナリズムのチャンピオンの
ように見せかけながら、実は中身のある改革を無期限に先送りしているだけ
である」
ワッハーブ派は権限を急激に増大した。
留まる所を知らない思想教育にまで突き進んだ。
「この交換条件を機に、サウジはイスラム化の底無し沼に
足を踏み入れてしまった」
「アラーの支配権(ハキミーヤ)をイスラム国家と不信心者の世界を区別する
崇高な基準として認知する解釈はクトゥブ兄弟の著作から直接汲み取ることが
できる。
サウド王家は神聖なるハキミーヤではなく己の気まぐれと財政的・政治的な
利害関係に基いて国を治めているというのは、サーワの思想の受け止め方」
サーワの主な活動家達は一斉検挙された。
1999年釈放され、再び運動が活発化。
しかし彼らはテロは非難する。
サウド王家は一定の民主化によって危機を乗り切ろうとしている。
しかし、「象徴的なジェスチャーが実質的な政治改革の役割を
肩代わりすることはできない」
<第六章:パンドラの箱:イラク>
「1980年代における人口の爆発的な増加によって、
歴史の記憶などに関わりのない若者が世に出て、ただ生きることに専念した。
この地域では、既存の正統的政治体制が
暴力と身勝手な専制政治に打ち負かされてしまった。
富や仕事を手に入れようと思えば、汚職か詐欺か力に頼る以外に方法はない。
このような欲求不満の固まりのような若者達が、イラクの人口の大多数を構成し
ワシントンでイラクの占領政策を立案している人々の予想を
完全に裏切ってしまった」
「イラク侵攻作戦が継続している間はアメリカとクルド人に共通していた目標が
今後も共通の目標としてとどまる保証はない」
フセインは湾岸戦争後、独裁体制延命の為、
イスラム宗教色を政治的に利用しようとした。
その為、イラクでは、バース党の弾圧で消滅していた各種宗教勢力、
そのネットワークが復活した。(シーア派やムスリム同胞団)
(サーディク・サドルによる金曜礼拝の再開など)
フセイン政権崩壊後、権力の空白の場に、姿を現したのは、
シーア派のネットワークだった。
アルバインの儀式には三百万人が参加。
メッカへの巡礼は二百万人だった。
九年間にも及ぶイラン・イラク戦争で、相互に殺し合った。
「相手が同じ宗教を信じているかどうかは関係なかった。
いや、むしろ愛国心を強固にしたのではなかろうか」
「アメリカがイラクでテロ対策に追われている間に、ジハードの信奉者達は
敵の背から新たな戦線を開くことに成功した。ヨーロッパ戦線である」
<第七章:ヨーロッパの戦い>
以前は共産党の支持母体だった貧困者層が今ではイスラム教徒で構成されている
テロ活動が地方分権化
「テロ事件の実行犯は地元の活動家が中心で、
それをジハディストのネットワークが国境を越えて支援した形になっている」
<欧州で再現される内部対立>
・ワッハーブ派はテロを非難し、精神的内面生活の充実を訴える
・タブリーグ、シェイク主義者、ムスリム同胞団は市民社会に溶け込む
「不信心者の土地」にも二種類あり、
・「戦争の土地」ダール・アルハルブ:ジハードが許される
・「協定の土地」ダール・アルソルフ:暴力は許されない
ジハディストにとっては、前者であり、
シェイク主義者によれば後者
「内戦の最中、アルジェリアのワッハーブ派は地下に潜行し、
戦闘の中止を働きかけた。
アルジェリア政府は、サウジアラビア政府と暗黙のうちに協力関係を結び、
これらの聖職者を支援した。
そして、ジハードに走る若者達を政治と関係のないワッハーブ派の道に
立ち戻らせるファトワを出すよう働きかけた。
この戦略は成功し、1997年、内戦は終結した」
<結論>
「中東のイスラム教徒にとって、中東の民主化や近代化を
目標に掲げている人々は、ブッシュ政権のイスラエル寄りの姿勢と
一体化しているようにしか見えない」
「今日、教養ある中流階級のイスラム教徒にとって、「欧米型の」という形容詞
を冠した「民主主義」という言葉は、強いマイナスの意味合いを持っている」
「中東諸国の独裁政権にとって、この民主化に対する幻滅感が極めて有効である
統治者達は、あたかも外国の帝国主義と戦うナショナリズムのチャンピオンの
ように見せかけながら、実は中身のある改革を無期限に先送りしているだけ
である」
これは メッセージ 86755 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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