Re: ご都合主義の二元主義論
投稿者: bonno_216 投稿日時: 2005/12/14 14:43 投稿番号: [85596 / 118550]
>現政権や多数議席の共和党への批判が必ずしも体制への
>建設的批判だとはかぎらない。
当然です。しかし、一つ一つの批判に関して「建設的」であるか「破壊的」であるかの判断は、政権が勝手に決められるものじゃないのです。どんなにクダラナイ批判でも、政権はそれに答える義務がありますし、クダラナイ批判なら答えて論破することは簡単なはずです。
イラク戦争を批判する人々に、どんな「思惑」「隠された動機」があるのか、私には知るよしもありませんが、たとえそれがエゴイスティックで邪悪なものであろうと、批判内容が論理的に正しければ、それを否定する理由にはなりません。
批判者が「悪意」で批判している可能性を考慮するのは当然ですが、最初から「悪意」と決めつけて、批判内容を否定するのは非論理的です。
私はアメリカと戦っている抵抗軍が「イラクの将来を考えている」と決めつけてなんかいませんよ。彼等にどのような「思惑」「隠された動機」があるのか分らないし、とりあえずは、知る必要もないと思っているだけです。
重要なことは、武力侵略に対する武力抵抗が、イラク人に認められた正当な「自衛権」であるということです。正当な自衛権行使の裏に、どんな邪悪な動機があろうと、権利は消滅しないし、正当性も失われたりはしません。
それに、政策批判と、その批判に対する批判は同列じゃありません。政権側は政策の最終決定権を持っています。したがって、その政策の正当性もしくは妥当性を証明し、説明する挙証責任があるのです。批判側は「おかしい」と思ったら確証なく政権に質すことができますが、政権側は根拠なくこれを否定することができません。
「代案なき批判は無責任」という声もありますが、これは検察が被告に向かって「無実であることを証明せよ」と迫るようなものです。処罰を求める側に有罪の立証責任があるように、政策を遂行する側に正当性、妥当性の証明責任があるのです。
つまり「イラク戦争」という、ブッシュ政権の政策を批判する側は、イラク戦争が不当であることを証明する義務を負いません。逆に、ブッシュ政権側は、イラク戦争が正当であることを証明し、国民に納得してもらう義務を負うのです。
政権批判が無責任であるとか、邪悪な動機の可能性があるなどと言うのは、この義務を逃れる「言い逃れ」にすぎません。批判に対する論理的反論ではない「批判者への攻撃」は、批判を許さないこと、すなわち盲従を強いることなのです。
抵抗者に「テロリスト」のレッテルを貼り、批判者に「サヨク」のレッテルを貼って、その資質や動機を勝手に定義し、攻撃を繰り返すことは、政権支持者の論理的反論と全く性格の異なるものだということを、ご理解ください。
>建設的批判だとはかぎらない。
当然です。しかし、一つ一つの批判に関して「建設的」であるか「破壊的」であるかの判断は、政権が勝手に決められるものじゃないのです。どんなにクダラナイ批判でも、政権はそれに答える義務がありますし、クダラナイ批判なら答えて論破することは簡単なはずです。
イラク戦争を批判する人々に、どんな「思惑」「隠された動機」があるのか、私には知るよしもありませんが、たとえそれがエゴイスティックで邪悪なものであろうと、批判内容が論理的に正しければ、それを否定する理由にはなりません。
批判者が「悪意」で批判している可能性を考慮するのは当然ですが、最初から「悪意」と決めつけて、批判内容を否定するのは非論理的です。
私はアメリカと戦っている抵抗軍が「イラクの将来を考えている」と決めつけてなんかいませんよ。彼等にどのような「思惑」「隠された動機」があるのか分らないし、とりあえずは、知る必要もないと思っているだけです。
重要なことは、武力侵略に対する武力抵抗が、イラク人に認められた正当な「自衛権」であるということです。正当な自衛権行使の裏に、どんな邪悪な動機があろうと、権利は消滅しないし、正当性も失われたりはしません。
それに、政策批判と、その批判に対する批判は同列じゃありません。政権側は政策の最終決定権を持っています。したがって、その政策の正当性もしくは妥当性を証明し、説明する挙証責任があるのです。批判側は「おかしい」と思ったら確証なく政権に質すことができますが、政権側は根拠なくこれを否定することができません。
「代案なき批判は無責任」という声もありますが、これは検察が被告に向かって「無実であることを証明せよ」と迫るようなものです。処罰を求める側に有罪の立証責任があるように、政策を遂行する側に正当性、妥当性の証明責任があるのです。
つまり「イラク戦争」という、ブッシュ政権の政策を批判する側は、イラク戦争が不当であることを証明する義務を負いません。逆に、ブッシュ政権側は、イラク戦争が正当であることを証明し、国民に納得してもらう義務を負うのです。
政権批判が無責任であるとか、邪悪な動機の可能性があるなどと言うのは、この義務を逃れる「言い逃れ」にすぎません。批判に対する論理的反論ではない「批判者への攻撃」は、批判を許さないこと、すなわち盲従を強いることなのです。
抵抗者に「テロリスト」のレッテルを貼り、批判者に「サヨク」のレッテルを貼って、その資質や動機を勝手に定義し、攻撃を繰り返すことは、政権支持者の論理的反論と全く性格の異なるものだということを、ご理解ください。
これは メッセージ 85561 (oxnardnokakashi さん)への返信です.
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