何でもあり抵抗の危険性
投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2005/10/24 04:29 投稿番号: [83338 / 118550]
「何でもあり」作戦は味方の立場を有利にし勝利に導くどころか、かえって味方を現状以上に苦しい立場におき、かつらぎさんも言ってるように全滅の危機を招く可能性のほうが高くなる。
この間アルカイダのナンバー2であるザワヒリからザルカーウィに宛てた手紙が発見されたが、その内容はまさに、ザルカーウィの「何でもあり」の無差別大量殺人や捕虜惨殺を批判するものだった。必要に応じてシーア派を殺すのはしょうがないとしても、どうして聖廟を襲わなければならないのか、捕まえたシーアの首をはねてビデオにとるなどということは、他のイスラム教徒からの反感を買うだけで我々の運動のじゃまになる。というような内容だった。
別にザワヒリが人道的であるといってるわけではない。ただ不必要な非人道的行為は戦略として懸命ではないのだ。例えば負傷したアメリカ兵がひとりテロリストに囲まれたとしよう。彼にはもう絶対に逃げられる可能性はないとしたら、現在の状況では彼は死ぬ前になるべく多くのテロリストを道ずれにして死んでやると覚悟を決めるだろう。捕虜はうまく扱えば戦闘の道具として便利なものだ。捕虜は敵の情報をもっているし、たとえ情報が得られなくても後で味方の捕虜と交換することもできる。だがこの場合テロリスト達はなんの情報も得られず、どうせ勝負の決まっている戦闘で味方から余計な死傷者を出すことになる。
アフガニスタンで降参するとみせかけて兵士を襲ったタリバンの奴ら。一度は米兵の鼻をあかしたかもしれないが、その後は本気で降参する人間の命を危険におとしいれた。イラクで負傷したり死んだフリをして米兵に攻撃するテロリストがいれば、その次からちょっとでも怪しい行為をすれば即刻殺されるという結果を招いた。
女子供を盾にして行動すれば、次から女子供も関係なく殺される。聖廟から攻撃をしかければ聖廟が攻撃される。病院や救急車を攻撃につかえば、病院や救急車が攻撃されるから本当の病人もけが人もいくところがなくなる。
つまり、「何でもあれ」という戦闘作戦はかえって自分達の首をしめることになる。それでも勝利につながるというのならまだ話はわかるのだが、現在のイラクのテロリスト達をみるかぎり、彼等は勝っているとはいいがたい。
これは メッセージ 83328 (katuragi1940 さん)への返信です.
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