政治と経済
投稿者: bonno_216 投稿日時: 2005/08/16 16:11 投稿番号: [77392 / 118550]
>連邦制は、シーア派中心のイラクを防ぐためのオーソドックスな手法
>であり、きわめて政治的な理由によるもので無理に経済の話に結びつ
>ける必要もないのだが。
もちろん、連邦制が経済的な理由のみによって企画されたものであるとは言いません。しかし、一般的に政治的な問題とされる…たとえば「シーア派中心のイラク」が何故、米国にとって都合が悪いのか?…という問題を考えた時、そこには、たいてい経済的な利害が潜んでいるのです。外交を含め、政治が「富の分配」をコントロールするという側面を持つ以上、政治的な問題と経済的な問題は不可分だと言えましょう。これは「金のために権力を得ようとするのか、権力のために金を得ようとするのか?」という命題に対して、どちらか一方を「真」であるとは断定できないのに似ていますね。
国家が、自国の民族資本や国内企業を保護するのは、経済的利害のせいで国民生活が危機に晒されないようにするためです。たとえば、外国から安い食料品が、どんどん輸入されることにより、国内で生産される食料品が売れなくなり、食料品メーカーがバタバタ倒産していく場合を考えてみましょう。「代替の工業があれば、雇用も維持できるし、国民は安い食費で余った金を、優秀な工業製品購入に廻せば良いだけのことだから、問題はない」と思う人も居るでしょう。しかし「もし、食糧輸出国がいきなり価格を釣り上げてきたら、国内の食料品メーカーが壊滅している我が国は、要求を飲まざるを得ない」…というところまで考えるのが政治です。
世界食糧機構の調査によれば、現在、全世界で生産できる食糧の総量は、全世界の人類すべてが飢えることなく、栄養失調にもならず、健康に寿命をまっとうさせうる「充分」な量であるとされています。しかし、現状を見れば最貧国(それも食糧生産国)で多くの人々が餓死したり、栄養失調に苦しんだりしています。これは何故だと思いますか? 簡単に言うと、それは食料品の価格が先進国の市場で高騰するためです。食糧生産者は、自国で食糧を売るよりも、先進国で食糧を売る方が高く売れます。穀物メジャーが世界から食糧を買い集め、高く売れる順に捌いていけば、最終的に食糧にありつけない人々も出て来るってことになるわけです。
そこで国家は、外国企業や外国資本に国民生活を「質」にとられてしまわないよう、輸出入の制限をしたり、関税をかけたり、保護産業には補助金を出したり、二重価格(政府が高く買って、国民に安く売る)を設定したり、いわゆる「保護貿易」とか「統制経済」とかの政策をとります。
これは、国家から見れば「国民生活の防衛」ですが、潤沢なフロー資金を武器にして「砂漠の住民にも砂を売る」ことで利益を得ようとする「グローバル企業」や「グローバル資本」から見れば、自由競争を阻害する差別的な政策ということになります。
つまり、これを図式化すると「国民生活保護」をスローガンに掲げる低開発国政府(政治)と、「自由貿易」「規制緩和」「民営化」等をスローガンに掲げるグローバル勢力(経済)との戦い…という構図になります。ただし、グローバル勢力は、それ自体では軍隊を持っていませんので、それなりの軍隊を持ち、国民を統制する低開発国の政府とは勝負になりません。そこで米英の出番が来るわけです。歴史を見ても、帝国の海外軍事進出は、その国の巨大化した産業、資本の先兵であったことが理解できるでしょう。
こうした視点で国際情勢を見るならば、イラク連邦というテーマに限らず、世界は「政治と経済の接点」を軸にして動いていることに気づきます。今回の話は多少、大雑把ですが、前回の話が経済問題に特化したものではないということを説明するため、あえてマクロかつ抽象的な文脈にしました。政治と経済の相関関係について、理解の一助となれば幸いに存じます。
>であり、きわめて政治的な理由によるもので無理に経済の話に結びつ
>ける必要もないのだが。
もちろん、連邦制が経済的な理由のみによって企画されたものであるとは言いません。しかし、一般的に政治的な問題とされる…たとえば「シーア派中心のイラク」が何故、米国にとって都合が悪いのか?…という問題を考えた時、そこには、たいてい経済的な利害が潜んでいるのです。外交を含め、政治が「富の分配」をコントロールするという側面を持つ以上、政治的な問題と経済的な問題は不可分だと言えましょう。これは「金のために権力を得ようとするのか、権力のために金を得ようとするのか?」という命題に対して、どちらか一方を「真」であるとは断定できないのに似ていますね。
国家が、自国の民族資本や国内企業を保護するのは、経済的利害のせいで国民生活が危機に晒されないようにするためです。たとえば、外国から安い食料品が、どんどん輸入されることにより、国内で生産される食料品が売れなくなり、食料品メーカーがバタバタ倒産していく場合を考えてみましょう。「代替の工業があれば、雇用も維持できるし、国民は安い食費で余った金を、優秀な工業製品購入に廻せば良いだけのことだから、問題はない」と思う人も居るでしょう。しかし「もし、食糧輸出国がいきなり価格を釣り上げてきたら、国内の食料品メーカーが壊滅している我が国は、要求を飲まざるを得ない」…というところまで考えるのが政治です。
世界食糧機構の調査によれば、現在、全世界で生産できる食糧の総量は、全世界の人類すべてが飢えることなく、栄養失調にもならず、健康に寿命をまっとうさせうる「充分」な量であるとされています。しかし、現状を見れば最貧国(それも食糧生産国)で多くの人々が餓死したり、栄養失調に苦しんだりしています。これは何故だと思いますか? 簡単に言うと、それは食料品の価格が先進国の市場で高騰するためです。食糧生産者は、自国で食糧を売るよりも、先進国で食糧を売る方が高く売れます。穀物メジャーが世界から食糧を買い集め、高く売れる順に捌いていけば、最終的に食糧にありつけない人々も出て来るってことになるわけです。
そこで国家は、外国企業や外国資本に国民生活を「質」にとられてしまわないよう、輸出入の制限をしたり、関税をかけたり、保護産業には補助金を出したり、二重価格(政府が高く買って、国民に安く売る)を設定したり、いわゆる「保護貿易」とか「統制経済」とかの政策をとります。
これは、国家から見れば「国民生活の防衛」ですが、潤沢なフロー資金を武器にして「砂漠の住民にも砂を売る」ことで利益を得ようとする「グローバル企業」や「グローバル資本」から見れば、自由競争を阻害する差別的な政策ということになります。
つまり、これを図式化すると「国民生活保護」をスローガンに掲げる低開発国政府(政治)と、「自由貿易」「規制緩和」「民営化」等をスローガンに掲げるグローバル勢力(経済)との戦い…という構図になります。ただし、グローバル勢力は、それ自体では軍隊を持っていませんので、それなりの軍隊を持ち、国民を統制する低開発国の政府とは勝負になりません。そこで米英の出番が来るわけです。歴史を見ても、帝国の海外軍事進出は、その国の巨大化した産業、資本の先兵であったことが理解できるでしょう。
こうした視点で国際情勢を見るならば、イラク連邦というテーマに限らず、世界は「政治と経済の接点」を軸にして動いていることに気づきます。今回の話は多少、大雑把ですが、前回の話が経済問題に特化したものではないということを説明するため、あえてマクロかつ抽象的な文脈にしました。政治と経済の相関関係について、理解の一助となれば幸いに存じます。
これは メッセージ 77378 (evangelical_knight さん)への返信です.
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