5>最初からです
投稿者: bonno_216 投稿日時: 2005/08/02 17:49 投稿番号: [76387 / 118550]
>アメリカは国連と協力して12年間に渡ってフセインイラクに
>武装解除を促してきました。
ここで言う「武装解除」は「大量破壊兵器廃棄」のことですよね? いわゆる湾岸戦争後の安保理決議で「イラクが持つ事のできない兵器」を規定し、その基準にしたがって「武器廃棄」の作業をやってきたのは事実です。その結果、イラクは湾岸戦争時との比較で、通常兵力50%、大量殺戮兵器に至っては90%以上が廃棄されました。
なお「ノーフライゾーン」は安保理が設定したものではなく、米英が「地域の安全に必要なあらゆる処置」という文言を勝手に拡大解釈して設定したものです。フセイン政権は「禁止された兵器の廃棄」には同意し、協力する意思を表明しましたが、「ノーフライゾーン」での米英(仏=後に脱退)軍機による哨戒飛行は「領空侵犯」および「スパイ行為」として非難してきました。
それに「ことごとく国連の条例を無視」と言うのは暴言です。「大部分は従ったが、一部は反発した」と言うべきでしょう。そして「反発した」一部が、世界と地域の安全に直結する重要な要項であるなら問題ですが、実際は上記の「ノーフライゾーン」に関する問題と、大統領宮殿への査察人員制限や立ち会い条件の問題等、イラク側から見れば「ギリギリの主権防衛」と言える部分です。
1998年の「査察団追放」は、実際のところ米英による「退避命令」であり、査察妨害の主犯は米英です。大統領宮殿への査察で揉めた件では、国連事務総長が調停に乗り出し、一旦、合意に達したのですが、査察団の一部がこの合意条項を無視して強制捜索を行なったためイラク側が態度を硬化させ、査察協力の「一時凍結」を宣言しました。これは経緯を客観的に見ても「査察拒否」と言える態度ではありません。にも係わらず米英は査察団に「退避命令」を出し、イラク爆撃(砂漠の狐作戦)を行なったのです。
以前、別トピでカカシさんが「イラクは湾岸戦争での『敗戦国』であり、米英は『勝戦国』だから、イラクは米英の命令になんでも無条件で従うべきだ」と主張されましたが、湾岸戦争という武力行使は国連決議に基づく「制裁活動」であって、イラクの国家主権を否定するものではありません。ましてや米英がイラク政府になんでも命令できるなんて言うのは、甚だしい思い上がりなのです。この思い上がりがあるから、主権国家として当然の態度である「不服従」が「攻撃」あるいは「切迫した脅威」に映ってしまうのではありませんか?
「戦争か無策か」は、開戦理由に関するレトリック上の問題です。この件は長くなりますのでページを改めます。
>武装解除を促してきました。
ここで言う「武装解除」は「大量破壊兵器廃棄」のことですよね? いわゆる湾岸戦争後の安保理決議で「イラクが持つ事のできない兵器」を規定し、その基準にしたがって「武器廃棄」の作業をやってきたのは事実です。その結果、イラクは湾岸戦争時との比較で、通常兵力50%、大量殺戮兵器に至っては90%以上が廃棄されました。
なお「ノーフライゾーン」は安保理が設定したものではなく、米英が「地域の安全に必要なあらゆる処置」という文言を勝手に拡大解釈して設定したものです。フセイン政権は「禁止された兵器の廃棄」には同意し、協力する意思を表明しましたが、「ノーフライゾーン」での米英(仏=後に脱退)軍機による哨戒飛行は「領空侵犯」および「スパイ行為」として非難してきました。
それに「ことごとく国連の条例を無視」と言うのは暴言です。「大部分は従ったが、一部は反発した」と言うべきでしょう。そして「反発した」一部が、世界と地域の安全に直結する重要な要項であるなら問題ですが、実際は上記の「ノーフライゾーン」に関する問題と、大統領宮殿への査察人員制限や立ち会い条件の問題等、イラク側から見れば「ギリギリの主権防衛」と言える部分です。
1998年の「査察団追放」は、実際のところ米英による「退避命令」であり、査察妨害の主犯は米英です。大統領宮殿への査察で揉めた件では、国連事務総長が調停に乗り出し、一旦、合意に達したのですが、査察団の一部がこの合意条項を無視して強制捜索を行なったためイラク側が態度を硬化させ、査察協力の「一時凍結」を宣言しました。これは経緯を客観的に見ても「査察拒否」と言える態度ではありません。にも係わらず米英は査察団に「退避命令」を出し、イラク爆撃(砂漠の狐作戦)を行なったのです。
以前、別トピでカカシさんが「イラクは湾岸戦争での『敗戦国』であり、米英は『勝戦国』だから、イラクは米英の命令になんでも無条件で従うべきだ」と主張されましたが、湾岸戦争という武力行使は国連決議に基づく「制裁活動」であって、イラクの国家主権を否定するものではありません。ましてや米英がイラク政府になんでも命令できるなんて言うのは、甚だしい思い上がりなのです。この思い上がりがあるから、主権国家として当然の態度である「不服従」が「攻撃」あるいは「切迫した脅威」に映ってしまうのではありませんか?
「戦争か無策か」は、開戦理由に関するレトリック上の問題です。この件は長くなりますのでページを改めます。
これは メッセージ 76378 (oxnardnokakashi さん)への返信です.
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