>比喩の普遍性
投稿者: whitejazz2005 投稿日時: 2005/07/21 12:49 投稿番号: [75642 / 118550]
>私はずっとおもってきたのだけどね、人間にはひとつの物事をみて、それを普遍化する能力が必要だ。
君の場合はただの怠惰だよ。物事の見たい部分だけを全体として、都合の悪い部分にはろくすっぽ目を向けようとしない。だからあんな滅茶苦茶なベトナム論や日本人のアメリカ観の考察に行き着いてしまう。全体はおろか、木そのものも見ようとしていない。仮に君が観察者として真摯に物事を見ていれば、この世には同じ木など一本も存在しないということにまず思い当たっただろう。だが君は始めから”自分の見たい要素だけで描いた木の姿”をその木に押し付けて、それによって発生した粗雑な共通論を同じ種族というだけで年代や環境による個体差をまったく無視して別の木にまで押し付ける。それを普遍化と呼ぶならあまりに稚拙で矮小だ。
>いってみれば数学でいう応用問題だよ。ファンタジー小説が、エルフだとかドワーフだとかいうこの世の生き物でない登場人物を使っているからといって、それが現実社会にあてはまらないと決めつけるのは、比喩の普遍化ができない原始的な考えかただ。エルフやドワーフをアメリカ人、イラク人といった言葉に置き換えて御覧。
この作品に対してそういった引用に否定的な立場をとる理由は、そういった単純な当てはめができない、作者の希求するもので塗り固められている世界でしかないと結論付けるほかないと判断したからだよ。
そもそも異種族が雑じり合うことなく棲み分けて概ね純血を保っているなどという前提からして既に違和感全開だ。
現実の世界においてはこういった状況では、旧ユーゴの市民権の剥奪、強制移住。ナチスの民族浄化、収容所とガス室といった苛烈にいがみ合ってる状況を無視して無邪気なファンタジーに押し込めてしまったような代物を、どうして何の抵抗もなく現実に当てはめられる?人間は相違を相違として尊重できるほど成熟してはいない。実際問題エルフだかドワーフだかの君のアメリカは戦争まで起こして相違を圧殺してる真っ最中だろうに。
その凄惨さをこの作者は両対戦を通して経験しているはずなのに、それから一切目を瞑ったかのように都合のいい悪を作ってあとは綺麗に似白く塗って無邪気に仕立て上げてしまった。そのことになんの違和感を持たず一見して綺麗な言葉や格好の良い台詞に目を奪われて対象の根底に目を向けないのが君のいう普遍に基づく観察か?
>このトピにはこの「普遍」という言葉の意味が「みんなが同意すること」と思い込んでる人が多いね。私のような在外元日本人に日本語の意味を注意されるようじゃ、君たちもおしまだいだよ。
あらら・・・もしかして気にしてた?意外と・・・・っていうかやっぱり根に持つタイプなんだね。そういえば「君の無知は〜」には唖然とさせられたけど、でも今回も間違いだよ。
普遍を当てはまると認識しているのはだれだ?言うまでも無い人間だよ。戦争の敵味方に分かれていようとも、あらゆる木を一様に木と呼ぶ普遍は通用する。真実普遍性を有しているものなら敵味方、文化の確執を問わずに通じているはずなんだよ。
確かに観念から人間を排斥しなければアメリカの戦争に普遍の正義という金看板をくれてやることは叶わないだろうが、その考えはどうやっても成り立たない暴論だよ。
普遍である正義とは、確かに存在する。だがそれは以前に書いた例のような戦争の敵味方、あらゆる文化の境を問わず正義と認識される根源的なものをそう呼ぶのであって、実際に不誠実が腐るほど行われたこの戦争がそれに該当するとは到底思えない。
そもそも普遍とは、人間の認識作用の中にのみに存在する、個物を認識、把握する為のひとつの手段だよ。普遍は木々のようにはじめから存在しているものではない。人間が直覚に価値が当てはめられ抽象化されそれに経験が積み重ねられることによって構築されるのだ。
観念はものじゃない。木はいつの時代の誰が見ても相変わらず木であるが、人間が行動に対して与えた価値はそうではない。蓄積され発展していくものだ。その蓄積された膨大な経験の中で普遍的な要素は精錬されてきたんだよ。君は人間を介在することへの反論として、
君の場合はただの怠惰だよ。物事の見たい部分だけを全体として、都合の悪い部分にはろくすっぽ目を向けようとしない。だからあんな滅茶苦茶なベトナム論や日本人のアメリカ観の考察に行き着いてしまう。全体はおろか、木そのものも見ようとしていない。仮に君が観察者として真摯に物事を見ていれば、この世には同じ木など一本も存在しないということにまず思い当たっただろう。だが君は始めから”自分の見たい要素だけで描いた木の姿”をその木に押し付けて、それによって発生した粗雑な共通論を同じ種族というだけで年代や環境による個体差をまったく無視して別の木にまで押し付ける。それを普遍化と呼ぶならあまりに稚拙で矮小だ。
>いってみれば数学でいう応用問題だよ。ファンタジー小説が、エルフだとかドワーフだとかいうこの世の生き物でない登場人物を使っているからといって、それが現実社会にあてはまらないと決めつけるのは、比喩の普遍化ができない原始的な考えかただ。エルフやドワーフをアメリカ人、イラク人といった言葉に置き換えて御覧。
この作品に対してそういった引用に否定的な立場をとる理由は、そういった単純な当てはめができない、作者の希求するもので塗り固められている世界でしかないと結論付けるほかないと判断したからだよ。
そもそも異種族が雑じり合うことなく棲み分けて概ね純血を保っているなどという前提からして既に違和感全開だ。
現実の世界においてはこういった状況では、旧ユーゴの市民権の剥奪、強制移住。ナチスの民族浄化、収容所とガス室といった苛烈にいがみ合ってる状況を無視して無邪気なファンタジーに押し込めてしまったような代物を、どうして何の抵抗もなく現実に当てはめられる?人間は相違を相違として尊重できるほど成熟してはいない。実際問題エルフだかドワーフだかの君のアメリカは戦争まで起こして相違を圧殺してる真っ最中だろうに。
その凄惨さをこの作者は両対戦を通して経験しているはずなのに、それから一切目を瞑ったかのように都合のいい悪を作ってあとは綺麗に似白く塗って無邪気に仕立て上げてしまった。そのことになんの違和感を持たず一見して綺麗な言葉や格好の良い台詞に目を奪われて対象の根底に目を向けないのが君のいう普遍に基づく観察か?
>このトピにはこの「普遍」という言葉の意味が「みんなが同意すること」と思い込んでる人が多いね。私のような在外元日本人に日本語の意味を注意されるようじゃ、君たちもおしまだいだよ。
あらら・・・もしかして気にしてた?意外と・・・・っていうかやっぱり根に持つタイプなんだね。そういえば「君の無知は〜」には唖然とさせられたけど、でも今回も間違いだよ。
普遍を当てはまると認識しているのはだれだ?言うまでも無い人間だよ。戦争の敵味方に分かれていようとも、あらゆる木を一様に木と呼ぶ普遍は通用する。真実普遍性を有しているものなら敵味方、文化の確執を問わずに通じているはずなんだよ。
確かに観念から人間を排斥しなければアメリカの戦争に普遍の正義という金看板をくれてやることは叶わないだろうが、その考えはどうやっても成り立たない暴論だよ。
普遍である正義とは、確かに存在する。だがそれは以前に書いた例のような戦争の敵味方、あらゆる文化の境を問わず正義と認識される根源的なものをそう呼ぶのであって、実際に不誠実が腐るほど行われたこの戦争がそれに該当するとは到底思えない。
そもそも普遍とは、人間の認識作用の中にのみに存在する、個物を認識、把握する為のひとつの手段だよ。普遍は木々のようにはじめから存在しているものではない。人間が直覚に価値が当てはめられ抽象化されそれに経験が積み重ねられることによって構築されるのだ。
観念はものじゃない。木はいつの時代の誰が見ても相変わらず木であるが、人間が行動に対して与えた価値はそうではない。蓄積され発展していくものだ。その蓄積された膨大な経験の中で普遍的な要素は精錬されてきたんだよ。君は人間を介在することへの反論として、
これは メッセージ 74837 (oxnardnokakashi さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/bpa5a4a5ia5afipno9tbbh_1/75642.html