イスラエルとパレスチナの歴史
投稿者: oxnardnokakashi 投稿日時: 2005/07/09 08:54 投稿番号: [74523 / 118550]
ついてニード君はかなり誤解しているよ。その話は以前にもしたと思うのだが、まあおさらいだからここにまた書いておこう。
君のいいぶんだと、パレスチナという土地がもともとあって、それをイスラエルが半分ぶんどって返さないという印象をうけるが、事実はそうではないよ。
君も知っているとおもうが、1948年にイギリスがイスラエルとパレスチナに領土を引き渡し、双方に独立国としての権利を譲渡しようとしたが、パレスチナはユダヤ人と隣あわせで暮らすくらいなら独立国などいらない、と拒絶した。同年5月14日、イスラエルが建国宣言をするかしないかという数時間のうちにアラブ諸国6か国がイスラエル撲滅のため宣戦布告をした。
しかし圧倒的大多数のアラブ連合軍はイスラエルを撲滅することができず、しかも諸外国から援軍も援助金も拒絶されたイスラエルに少しづつ領土をとられていった。
1949年にアラブ諸国とイスラエルは停戦を結び、その時エルサレムは二つに分けられた。新しいほうはユダヤの支配、西の壁うを含む古い町はユダヤ人が自由に行き来できるという条件でヨルダン支配となった。しかしこの約束が守られることはなかった。
1967年に、ふたたびアラブ連合はイスラエル攻撃のため国境に兵を集めはじめたのを察知したイスラエルは先制攻撃によってアラブ連合を追いつめ、たったの6日間で、エルサレムおよび、レバノン、を征服することができた。今問題になっているガザやウエストバンクはこの時のイスラエルの戦利品なわけだ。
イスラエルは二度もアラブ諸国から戦争をしかけられ、その度にアラブ連合に圧勝して領土をひろげたのである。
パレスチナ人の難民キャンプがイスラエルとヨルダンにある理由は、ヨルダンがパレスチナ人をイスラエルとの間の堤防に使っているからだ。パレスチナ人はアラブ諸国では身分の低い嫌われものの種族であり、ヨルダンをはじめアラブ諸国はパレスチナ人んを受け入れる意志は全くない。唯一パレスチナ人を受けいれ、帰化をゆるし国民として選挙権まであたえている国はだれあろうイスラエルのみである。
だからパレスチナ人がイスラエルに無理矢理領土をぶんどられたといういい分がどれだけ理不尽なものであるかが理解できるはずだ。
資料:Jewish Literacy by Rabbai Joseph Telushikin
これは メッセージ 74512 (need2003jp さん)への返信です.
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