シベリア抑留兵、60年ぶりに遺骨で帰還
投稿者: battamama 投稿日時: 2005/07/04 00:36 投稿番号: [74273 / 118550]
たまたま読売テレビにチャンネルを合わせたら、以下のドキュメントが始まっていた。
シベリアに抑留されて、死んでいった日本兵が60年ぶりに遺骨となって家族の元に戻ってきた。(DNA鑑定で身元が判明するまで、三上國太郎さんは6号検体と呼ばれていた。)
厳寒と、飢えの中での苦しい抑留生活。
捕虜となった日本兵達は、親や家族の名を呼びながら死んでいったという。
誰1人「天皇陛下万歳などとは言っていない」
先日の「朝生」で特攻隊として任命された人も語っていた。
軍国主義的教育を若いときからずっと受け手育ち、特攻隊として任命された時迄は、その任務に生きていた。
しかし、一旦機上の人となった途端、意識は残してきた家族の為に自らは死ぬのだとという思いに支配されたと。恐らくほとんどの特攻隊員が同様の気持ちを抱いて死の飛行に臨んだだろうと。
戦争は実に残酷だ。
以下、ネット番組案内より
ドキュメント'05
▽60年ぶり…妻の手に抱かれた遺骨▽DNA鑑定が兵士を故郷に導いた…▽娘を頼む
ドキュメント'05◇日本の戦後処理問題を考える。満州(現・中国東北部)で終戦を迎え、シベリア抑留中に事故死した元陸軍軍曹の遺骨が昨年、故郷の青森・津軽に帰ってきた。61年ぶりの"帰郷"である。1991年、シベリア抑留中に亡くなった約4万人の資料が日本政府に渡された。その後、遺骨の収集と発掘が始まり、DNA鑑定が行われるようになった。だが鑑定には長時間を要し、いまだ多くの遺族が"戦後"を迎えられないでいる。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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