モリヤ99さん。
投稿者: reon2001 投稿日時: 2005/06/02 21:25 投稿番号: [72958 / 118550]
<懲りない面々>
そう。
そうですね。
大危機に対峙する個人の身の処し方を描くハリウッド映画のお定まりは
小の虫である自分を殺して大を生かす、「自己犠牲」精神の賞揚ですから、
100万人の死と1億人の死とは女神の天秤に掛けるまでもありません。
何故、そこに追い込まれたのか?を問うことなく、機械的に現実の課題を
解いていく態度は目的のために手段を選ぶ遠回りを喜ばないでしょう。
悪いところを切り取れば良くなるとする治療手段を選ぶ人にとって
悪いところも身の内と残したまま共に生きさせようと
生活習慣に目を向ける回りくどい手段は邪魔なんでしょうね。
死傷した戦友に犠牲の崇高さを見よ、と一昨夜もチェイニー氏がBS1で語っていました。
死の恐怖に怯え、兵士達はそれを麻痺させ、カタルシスを得ようともがきながらも、
裏返せば、平時の兵士にあるまじき所業にも快い興奮を感じてしまうのかも知れません。
<勝ち戦>
黒沢明監督「七人の侍」のラスト・シーンですが。
犠牲を出しながらも、野盗を成敗して、血で血を洗った戦場の村を去る志村喬の静かな呟き
「勝ったのはあの百姓達だ。俺達ではない。百姓は土と共に何時までも生きる」
「政権打倒」、「新政権樹立」、「政権支援駐留」で
”勝ち戦”とするのは西洋流儀ではそうかも知れません。
しかし、易姓革命を重ねながら、今13億の民を養う中国に象徴されるように
志村喬の視線の先の明るい日差しの下で百姓が総出で歌う田植え歌が
絶えなければ、真の勝者が誰かは、きっと明らかになるでしょう。
100年の輪唱がこの地球から途絶える瞬間が未来永劫訪れないのなら、
「日本は力を消耗せず、蓄え、備えるべし」がモリヤさんのお考え?としても、
私はブッシュ政権との軋轢を恐れず、与野党が思惑を越えて、憲法を盾にして
せめて「靴で踏む」ことだけは拒まねばならなかったと思います。
孤立し、没落するのがアメリカだけか、アメリカと日本の共倒れか、
あるいは日本だけか、の一つの分岐点だったと思うからです。
これは メッセージ 72796 (moriya99 さん)への返信です.
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