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東京裁判の復讐劇「私は貝になりたい」

投稿者: venture_2016 投稿日時: 2005/05/24 14:10 投稿番号: [71997 / 118550]
昭和33年フランキー境が主演した「私は貝になりたい」とのテレビドラマがあった。
物心ついていない自分であったが、満州から運良く帰国できた父や特攻隊崩れの叔父、祖父らや母親、叔母、祖母らで、必ずこのドラマは見ていた。

そしてフランキ―境が無実の罪で絞首刑台に上がるときに漏らした「私は貝になりたい」との言葉がテレビで静かに流れたとき、父はもちろん、その場にいた全員が流れる涙を抑えきれず、泣いていた。

いまでも忘れられない光景だ。父や祖父が人前で泣く姿を初めて見る光景であり、いまでも、そしていまこのキーボードを打ちながらも涙がこぼれてくる。

戦争は怖いものと教えられてはいたが、父や叔父らに日本軍が中国軍や米軍に対して如何に勇敢に戦い、悲惨であったか、あるいはゼロ戦や戦艦大和・武蔵がすぐれたものであったかを教えられ、
メンコや少年雑誌を見て、子供心に日本人であることの誇りを感じていたものだった。
それゆえ、フランー境の言葉に、その場の全員が涙を流したかは、不思議でしょうがなかった。


しかし、今にして思えば「私は貝になりたい」の言葉が、単に戦争の一犠牲者として主人公が可哀想だからではない、もっと深いところにあると信じている。

一片の赤紙によって善良な床屋のオヤジが軍隊に召集され、陸軍では二等兵としていじめぬかれ、そして最後は単なる復讐劇の東京裁判で戦犯として絞首刑にされた、その最後の無実の罪を背負って絞首台に上るときの心情に痛いほど共感したから、涙した。
終戦によって一夜にして価値観が変り、かつての敵が今は進駐軍として、正義の味方、力の権化のようにいられていながら、その実、醜い復讐の鬼であり、戦争に翻弄されようやく生き残った平凡な一市民がようやく平和な生活を取り戻せると思ったとき、理不尽な裁判の犠牲者として絞首台に消えようとしている。これほど理不尽なことはない。

フランキー境が絞首台を上がりながら、つぶやく「私は貝になりたい」の最後の光景とそこにいた者がすべて涙して見た光景は、幼心に一生焼き付いて離れないし、東京裁判の理不尽さを恨む気持ちは変らない。多分、どんなことがあっても死ぬまで...

だからといって、連合国側の人間や国家を恨みつづけるわけではない。現実の社会に生きているわけだから。
ただ、折りに触れて決して消すことの出来ない記憶が思い出されるだけ。
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