対イラク武力行使

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支那攪乱工作兵

投稿者: battamama 投稿日時: 2005/05/13 01:09 投稿番号: [70979 / 118550]
漢民族には食人風俗(カニバリズム)があった。これは、以前紹介した黄文雄氏の書の中でも語られていたし、田中正明氏の書にも詳しい。
こんなところから、日本軍がありえないような残虐な手口で中国人を殺害したという、中国側のあらゆる証言の背景が見えてくる。
つまり、自分達がやっていた残虐行為を日本軍に押しつけて語っていたということだ。
「三光作戦」も、その中の一つ。
「三光」とは、中国共産党の造語で、昭和13,14年頃から大宣伝されたもの。(黄文雄氏の書が詳しい)
兵站部隊などなく、補給をすべて略奪に頼っていた中共軍が、その罪を全部日本軍のかぶせるために作ったもの。
南京事件においても然り。
自分達の蛮行を、日本人の蛮行に仕立て上げたのだ。(中共のすることは、今も昔も変わらない)
1937年12月13日に、日本軍が南京に入った。その翌年1月4日の「ニューヨーク・タイムズ」に『支那攪乱工作兵』の記事が載った。
南京の金陵女子文理学院に避難民救助委員会の外国人委員として残留していたアメリカ人教授達は、支那軍から離れた陸軍大佐1名と、その部下の将校6名を匿っていたことを発見して当惑したというのだ。
この教授達は、この大佐を難民キャンプで二番目に権力のある地位につけていた。
この将校達は、南京から退却する際に軍服を脱ぎ捨て、その後金陵女子文理学院の建物に住んでいて発見された。
この前将校達は、南京で略奪したことをアメリカ人や、他の外国人のいる前で自白した。
また、ある晩、避難民キャンプから少女達を襲っておきながら、それを日本兵の仕業のようにしたことも自白した。
結局、彼らは逮捕された。
ジョン・ラーベは、支那兵の龍大佐、周大佐という2人の将校を匿って3万ドルという大金を受け取ったことを日記の中で書いている。日記では、「負傷者の面倒を見るための資金」と書いているが、果たしてどうなんだか。
将校を匿うことは、重大な条約違反である。それを犯してまで匿うとは、どういった了見なんだか。ラーベは、金に目がくらんだのか?
ラーベは、「南京のシンドラー」などではなく、その安全区委員会のメンバー共々、支那の攪乱工作兵とグルだったかも知れないのだ。だとすると、ヒットラーへの上申書、国際安全区委員会の報告書、中華民国の公式資料、日本大使館への提出書類等の内容矛盾の説明が付く。
そんなとこから、『南京の真実』を、『南京の虚実』と呼ぶのも満更間違いではなさそうだ。笑

※兵站(へいたん)
補給・整備・宿泊・休養施設などの勤務の総称。
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