日本人捕虜を抑留する考えは日本にもあった
投稿者: syoumenkyousi 投稿日時: 2005/05/08 18:41 投稿番号: [70628 / 118550]
> 『零下20度の厳冬下、小泉首相はコートを脱ぎ捨て慰霊碑に跪き、極寒の地で命を落としたシベリア抑留者に涙したという。
だから、帰国直後に靖国へ彼を駆り立てたものは、日本人としての、人間としての、自然な感情の発露であったのではないかと語っている。』
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戦前からの世襲議員の流す涙などすべて嘘の涙であろう。冷血国家首脳のことを何も知らないとまんまと騙される。原爆投下を喜んだアホがいたし、東京大空襲で10万人死んでも皇居は大丈夫だと大本営・・・、それらすべては教祖ヒロヒトを守りさえすれば、すべての犠牲は厭わないというカルトの典型だ。
▼ハーバート・ヒックス『昭和天皇(下)』(講談社))より―─
統治エリートが考えたもうひとつの降伏条件の例が「和平交渉の要項」である。これはモスクワ特使の件を近衛が不承不承受け入れた後に、近衛とその助言者であった退役陸軍中将の酒井鎬次が、起草したものだった。この要項が統治エリート間で回覧されることはけっしてなかったと思われるが、そこでは天皇制の維持(大権のほとんどを含む)を和平のための絶対的な最低要件と規定していた。同文書は、「固有本土」は千島列島南部を含むものと規定したが、沖縄、アメリカが占領する小笠原諸島、ならびに南樺太を含むすべての海外領土については、その放棄を示唆して敵国に譲歩する意を示していた。
・・・中略・・・
皇位を守る「名誉ある講話」を工作するにあたって、近衛と酒井は、必要であれば密約によって有形の補償の代わりに、同胞を強制労働に送り込む意図があったことを示していた。すなわち「要綱」には、「海外にある軍隊は現地に於て復員し、内地に帰還せしむることに努めるも、止むを得ざれば、当分その若干を現地に残留せしむることに同意す」「賠償として、一部の労力を提供することには同意す」とあった。明らかにソ連経済のための強制労働に服されるために日本人捕虜を抑留する考え(後にシベリアの労働収容所により実行されることとなる)は、ソ連だけのものではなく、実際に天皇の側近に人物にその起源があったのである。
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テロ国家アメリカのイラク侵略への軍資金供与と自衛隊イラク派兵は、戦後日米談合のもっとも醜悪の集大成だった。おもえばヒロヒトが沖縄を冷血に売り渡したように、忠犬忠米ポチ公は同じアジア人のイラク国民の命をアメリカに売り渡したのである。そういえば明治維新で新興カルト宗教天皇教をあわてて作ったが、それに加えて「脱亜入欧」という人種差別思想でカルト国民を洗脳した。何のことはない「名誉白人」なんていう恥ずかしい称号を喜ぶ馬鹿の到達点が小泉なのだろう。
アメリカのケツの毛をなめながら、朝鮮戦争・ベトナム戦争とアジア人の血をなめて繁栄をしたが、アメリカの子分である限り、アメリカの意のままに経済を操られ今や沈没寸前だ。 隷属日本のままで、小泉・安部のようなアメリカの犬が跋扈して日本の沈没の可能性が大である。
バッタママのように、国民の大量死を屁とも思わない冷血な利己的生き残り処世術を擁護する馬鹿がいるかぎり、小泉・安部・福田のような世襲坊ちゃん政治屋は高笑いをしているだろう。
これは メッセージ 70626 (syoumenkyousi さん)への返信です.
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