中国共産党の実像と虚像
投稿者: battamama 投稿日時: 2005/04/26 02:42 投稿番号: [69470 / 118550]
黄文雄氏の「反日教育を煽る中国の大罪」という本に、中共に関する様々な記述がある。史実と言われていることにおいては、視点や立場や調査経緯によって、全く見解がことなる。だから、歴史問題の真義の判定や断定は難しい。
しかし、今回の中国での反日デモで、それを静止するどころか、虚偽を述べ、更には日本に謝罪を求めては自らを正当化し、誇示しようとした中共のやり方を見ていると、黄文雄氏の記述文もうなずけるものがある。
以下、同書抜粋。
************************************************************************
―「殺しつくし、焼きつくし、奪いつくす」は馬賊のやり方―
日本軍による中国侵略を象徴する言葉として、しばしば用いられるのが「三光作戦」だ。だが、実際には、これはなかなか日本人には理解できない言語感覚ではないだろうか。日本語で「光」といえば、そのものズバリ、あの明るい光のことである。それがどうして「殺しつくし、焼きつくし、奪いつくす」という意味になるのか。
「三光作戦」なるものが中国と日本の進歩的知識人の捏造にほかならないことは、この語源を見るだけでも明らかになる。というのも、中国語の「光」とは、「ない」「空っぽ」を示している。「三光」の具体的内容を指す「槍光、焼光、殺光」という言葉は昔から使われている。一方の日本語には、「光」のこうした用法は存在したことがない。
「三光」とは中国の伝統文化である。中国の歴史を見れば、戦争が起こるたびに必ず「三光作戦」が突進されてきたことがすぐわかる。(中略)
では、なぜ中国の戦争にとって「三光」が不可欠だったかといえば、兵隊たちは「焼き尽くし、殺し尽くす」ことによって自らの俸給としていたからだ。
例えば、満州といえば、一番有名なのは馬賊だが、馬賊が来ると「三光」をやる。だから、中国がしばしば「日本軍が満州国で三光作戦をやった」と非難するのは、彼らのよく知る馬賊のやりかたを想像して、それをあたかも日本軍がやったかのように話を捏造したからにほかならない。
加えて言うなら、中国の「三光」という言葉は、敵の残虐性や恐ろしさをアピールするための、いわばプロパガンダ用語である。戦後に中華民国が発行した『中共述語語彙集』には、共産党軍が地主を粛清する際のスローガン用語として「分光、吃光、用光」が掲載されている。「分け尽くす、食べ尽くす、使い尽くす」という意味である。
また、私は台湾で小学校に通っていたときには、「三光政策は中共軍の闘争スタイルである」と教わっている。
日中戦争において「三光作戦」を展開したのも、実は中国軍にほかならない。火力で日本軍にかなわない彼らは、退却すると見せかけて追撃する日本軍を奥地へ誘い込んだ。このとき、同胞の住民に「三光」を行って、日本軍が食料や物資を現地調達できないようにしたのである。さらに、通国の軍隊のみならず一般の民衆までもが、日本の居留民への掠奪、虐殺という「三光」を繰り返したこともあった。
中国にあって、日本にない残虐文化が「三光」なのだ。(中略)
中国の歴史教育では、共産党結成以前の時代は別としても、結党後の歴史になるとすべてが「共産党栄光史観」に基づく捏造内容となる。そのことは国民党と共産党の教科書を見比べれば一目瞭然である。(中略)
日本は敗れたとはいえ、それはアメリカに負けたのであって、中国戦線ではほとんど連戦連勝、終戦時にも優勢な兵力を保っていた。その事実をも共産党は否定しなければならないから、抗日の英雄的戦いを強調したいばかりに、血湧き肉躍る小説擬きの戦争ストーリーが数々創作されている。
そして、ここでは日本軍の悪辣ぶりをとことん強調し、強調すればするほど、それに打ち勝った共産党の「栄光」はますます高まっていくという仕組みになっている。
そして、戦後はいくつかのヒット作が出回っている。「南京大虐殺」も、そして「三光作戦」も、「七三一部隊」もそのようにして創作されたものだったのだ。
中国人は日本の「中国侵略」を語るとき、自らの戦争様式、戦争文化を日本軍にあてはめているのである。だから彼らが語るところの日本軍の中国人に対する殺戮の方法は、生きた人体を切り裂き、生き埋めにし、生き皮を剥ぎ、さらには肉を喰らい、人肉餃子を作り、血を啜るなど、中国にはあっても日本には見られないものばかりである。
しかし、今回の中国での反日デモで、それを静止するどころか、虚偽を述べ、更には日本に謝罪を求めては自らを正当化し、誇示しようとした中共のやり方を見ていると、黄文雄氏の記述文もうなずけるものがある。
以下、同書抜粋。
************************************************************************
―「殺しつくし、焼きつくし、奪いつくす」は馬賊のやり方―
日本軍による中国侵略を象徴する言葉として、しばしば用いられるのが「三光作戦」だ。だが、実際には、これはなかなか日本人には理解できない言語感覚ではないだろうか。日本語で「光」といえば、そのものズバリ、あの明るい光のことである。それがどうして「殺しつくし、焼きつくし、奪いつくす」という意味になるのか。
「三光作戦」なるものが中国と日本の進歩的知識人の捏造にほかならないことは、この語源を見るだけでも明らかになる。というのも、中国語の「光」とは、「ない」「空っぽ」を示している。「三光」の具体的内容を指す「槍光、焼光、殺光」という言葉は昔から使われている。一方の日本語には、「光」のこうした用法は存在したことがない。
「三光」とは中国の伝統文化である。中国の歴史を見れば、戦争が起こるたびに必ず「三光作戦」が突進されてきたことがすぐわかる。(中略)
では、なぜ中国の戦争にとって「三光」が不可欠だったかといえば、兵隊たちは「焼き尽くし、殺し尽くす」ことによって自らの俸給としていたからだ。
例えば、満州といえば、一番有名なのは馬賊だが、馬賊が来ると「三光」をやる。だから、中国がしばしば「日本軍が満州国で三光作戦をやった」と非難するのは、彼らのよく知る馬賊のやりかたを想像して、それをあたかも日本軍がやったかのように話を捏造したからにほかならない。
加えて言うなら、中国の「三光」という言葉は、敵の残虐性や恐ろしさをアピールするための、いわばプロパガンダ用語である。戦後に中華民国が発行した『中共述語語彙集』には、共産党軍が地主を粛清する際のスローガン用語として「分光、吃光、用光」が掲載されている。「分け尽くす、食べ尽くす、使い尽くす」という意味である。
また、私は台湾で小学校に通っていたときには、「三光政策は中共軍の闘争スタイルである」と教わっている。
日中戦争において「三光作戦」を展開したのも、実は中国軍にほかならない。火力で日本軍にかなわない彼らは、退却すると見せかけて追撃する日本軍を奥地へ誘い込んだ。このとき、同胞の住民に「三光」を行って、日本軍が食料や物資を現地調達できないようにしたのである。さらに、通国の軍隊のみならず一般の民衆までもが、日本の居留民への掠奪、虐殺という「三光」を繰り返したこともあった。
中国にあって、日本にない残虐文化が「三光」なのだ。(中略)
中国の歴史教育では、共産党結成以前の時代は別としても、結党後の歴史になるとすべてが「共産党栄光史観」に基づく捏造内容となる。そのことは国民党と共産党の教科書を見比べれば一目瞭然である。(中略)
日本は敗れたとはいえ、それはアメリカに負けたのであって、中国戦線ではほとんど連戦連勝、終戦時にも優勢な兵力を保っていた。その事実をも共産党は否定しなければならないから、抗日の英雄的戦いを強調したいばかりに、血湧き肉躍る小説擬きの戦争ストーリーが数々創作されている。
そして、ここでは日本軍の悪辣ぶりをとことん強調し、強調すればするほど、それに打ち勝った共産党の「栄光」はますます高まっていくという仕組みになっている。
そして、戦後はいくつかのヒット作が出回っている。「南京大虐殺」も、そして「三光作戦」も、「七三一部隊」もそのようにして創作されたものだったのだ。
中国人は日本の「中国侵略」を語るとき、自らの戦争様式、戦争文化を日本軍にあてはめているのである。だから彼らが語るところの日本軍の中国人に対する殺戮の方法は、生きた人体を切り裂き、生き埋めにし、生き皮を剥ぎ、さらには肉を喰らい、人肉餃子を作り、血を啜るなど、中国にはあっても日本には見られないものばかりである。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/bpa5a4a5ia5afipno9tbbh_1/69470.html