対イラク武力行使

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>パピヨンのテーマ 2

投稿者: bonno_216 投稿日時: 2005/04/04 13:40 投稿番号: [68262 / 118550]
>武力行使の国際法的な条件を示しているわけではなく、このような
>事情があれば、米国がそうするのも、無理もないだろうという立場
>で述べています。

  元の論点に戻りましたね。
  これは「被害妄想に陥れば、殺人を犯しても無理はない」という話です。それに対してあなたは「被害妄想ではなく、現実の脅威である」と言い、私は「単なる潜在的脅威を、急迫的脅威と錯誤することは、被害妄想に他ならない」と言っています。

  敵対する国家間に、常に「潜在的脅威」が存在するのは当たり前です。そして各国は、それらの潜在的脅威への対処として「外交努力」と「防衛努力」をしています。しかし、それらの努力が実を結ばず、脅威が「顕在的かつ急迫的」となった時、国際社会は「脅威の排除」のために、その手段を協議することになります。そこに於いては、最終的に「武力行使」も除外されてはいません。米国はイラクの大量破壊兵器が「急迫的脅威」であると説いて、その排除のための協議を国連に持ち込みましたが、国連査察は大量破壊兵器の存在を確認できず、安保理はイラクを急迫的脅威であるとは認めませんでした。

  ここまでの経緯では、米政府の判断(イラクは大量破壊兵器を所持しており、国際平和に対する急迫的脅威である)と、安保理の判断(イラクの大量破壊兵器所持は確認できず、現時点では急迫的脅威と認められない)のどちらが正しいか…ということについて両論があるでしょう。あなたは前者を支持し、私は後者を支持しました。結果的には安保理の判断が正しかったのですが、ここで問題になるのは結果論ではありません。いつもいつも安保理の判断が絶対に間違いないとは言えないからです。大切なことは「間違う可能性もあるが、なるべく間違わないよう」議論と検証を重ねることであり、その深さと採択の基準については、可能な限り幅広い国際合意に基づくこと…という「プロセス」です。

  ここで、「米国以外の理事国は利害関係から、実際は脅威であるものを、脅威だと認定しないこともある」と言う問題が出てきます。しかし、これは逆に言うなら「米国は利害関係から、実際は脅威でないものを、脅威だと言い立てることもある」のですから、これは安保理の中立性を損ねる問題とは言えず、むしろ特定国への偏重を避けるバランサーであると考えるべきでしょう。国際情勢に利害関係を持たない国はないのであり、様々な利害を持ったものどうしが話合って結論を出すのが民主主義と言うものです。

  さて、この「民主主義的プロセス」によって導かれた結論、すなわち「イラクは現時点において、国際平和に対する急迫的脅威であるとは看做せない」に対し、米国は「安保理の判断が誤っている」と断じてイラク侵攻に踏切りました。ここで注意して欲しいことは、米国が「イラクは国際平和の急迫的脅威である」と断じたことです。決して「イラクは国際平和の潜在的脅威である」ではないって所ですね。潜在的脅威を理由に他国を武力攻撃することは、先に述べたように「対立国間には常に潜在的脅威が存在する」から演繹して、すなわち、敵対国に対する武力行使の「無条件容認」に繋がるのであり、「侵略戦争防止」の原則を踏みにじる行為です。だからこそ、米国はあくまで「急迫的脅威」を侵攻の理由にしたのです。

  つまり、開戦の時点でも「顕在的かつ急迫的脅威なく、他国を武力侵攻することは許されない」という国際合意は崩れていなかった…ということです。大切な所なので、繰り返しますが、それは米国も合意していたことなのです。ところが、あなたは「そこまで(政権崩壊まで)やらなければ敵意を持つに至った独裁政権は世界平和の脅威となります」と言って、あって当たり前の「潜在的脅威」に基づく武力侵攻を正当化してしまっています。実は、ここが最大の論点なんですが、それについては後ほど、「法治主義と法治の限界」というタイトルにて、まとまった論を出す予定なので、ここでは指摘に留めておきます。
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