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「国旗・国歌法」と

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2005/04/03 00:08 投稿番号: [68197 / 118550]
思想・良心の自由

西原博史

    一   はじめに

  一九九九年八月一三日、「国旗及び国歌に関する法律」が公布・施行された。

審議段階で政府は、

【この法律が国民に対する強制を目的とはしていないと繰り返し表明してきた。】

確かに、この法律は、二つの条文で、国旗が日章旗、国歌が「君が代」であると特定し、別記で日の丸の大きさや歌のメロディーを定めるに過ぎない。

この法律を「守る」というなら、国歌として歌うなら「君が代」はイ短調で歌え、国旗だと言うなら「日の丸」の直径は旗の縦の五分の三より大きくても小さくてもいけない、という程度の意味しかない。


  こうした法的には空虚な法律が作り出された背景には、学校で学習指導要領を根拠に進められてきた「日の丸」・「君が代」の強制と、それに対する反対運動がある。

そしてこの法律は、法律で国旗・国歌と定められた以上、あたかも尊重が必要であるかのような、言葉の魔力を前提にしている。

したがって、国旗・国歌法は、国民に国旗・国歌に対する特定の態度を、そして特定の「愛国心」を、強制する枠組の中に位置づく。


  そこでここでは、国旗・国歌との関係における国家の側の要求に、憲法上、どのような限界があるかを考察していく。


    二   国家の象徴と個人の信条

  【国旗・国歌などといった象徴は、国民をまとめていく際に非常に便利に利用できる。】

【目に見える象徴(国王・旗)を中心に、共通のリズム(行進・踊り・歌)に身を委ねることで、国民としての一体感を体験させるしくみ。】

原始の昔から様々な儀式の形で知られるこの手法は、二十世紀に入り、ファシズムにより、国家統合の技術へと練り上げられた。


  【こうした手法は、感情的な国家との一体感を作り出すことを狙う。そこでは、国家の実現する政策に関する合理的な批判と討論は、すべて遮断される。】


国家活動の内容を不問に付して、ただ自分の属する国家に無批判な喝采を叫ぶ姿。

こうした国民像を念頭に置く、象徴による統合という技法は、国民を国家意思形成に主体的に関わる主権者として尊重するというよりは、

支配の客体としての操作の対象の地位に貶めることになる。


  それに対して、民主制の正統性連関は、国家に対して主体的に関われる、独立の人格をもった個人から出発する。

【そうした個人の信条を政府の干渉から守るのが、憲法一九条で保障された思想・良心の自由である。】

したがって、非合理的働きかけを通じて特定内容の「愛国心」が押しつけられるなら、最も根源的な個人の基本的人権の侵害となる。


  国旗・国歌の法制化は、国会における多数決を経ることにより、「国民的合意」があるかのような外見を作り出すことに狙いを置いていた。

【だが、自分が日本人だという意識が、天皇の治世の永遠を祈る歌で表現できると考えるか否かは、多数決の問題ではない。】


個人の問題である。自分の属する集団をどのようなものと見て、その中での自分の位置と役割をどう把握するかは、人間のアイデンティティーを形造る上で核心にある、きわめて個人的な意識の対象なのだから。

・・・

http://www1.jca.apc.org/anti-hinokimi/essays/nishihara.htm
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