続き1
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2005/04/02 23:54 投稿番号: [68196 / 118550]
☆「国民的合意」が排除するもの
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日の丸・君が代問題は、こうして私たちを「国民主権」そのものの権利を問い直す地点にまで導いてくる。加藤氏は、日の丸を換える理由は「わたし達に」ない、といっていた。
【しかし、万がいち日本国民全体がそのことに同意したとしても、この問題を「わたし達」だけで決めてよいのか。】
君が代法制化に国民主権を根拠に反対することは、たしかに有効である。しかし、「国民」による「主権」的決定そのものが、この問題の当事者といえる「他者」たちの声の排除を伴うとしたら、どうするのか。
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定着論者は「定着」が押しつけの結果であることを見ておらず、仮に「国民」への定着があっても、その「定着」こそが「国民」外の当事者にとっては脅威となりうることを見ていない。
日の丸・君が代問題は単なる国旗・国歌問題ではない。象徴天皇制の問題であり、「国民国家」日本の枠組みそのものを問う問題なのだ。
http://www1.jca.apc.org/anti-hinokimi/essays/takahashi.htm結局【象徴天皇制】については議論されずに、【歌詞】さえも変えられずに、
【法制化】されてしまったという事か。
これは、今の【女性天皇についての議論】
・・女性天皇での可否は問われるが、【天皇はいらない】という選択肢は、当然のように無視される。
これについての議論をテレビで聞いたことが無い。
天皇はいらないという、国民の民意も問うべきだと思うが、
やはり【天皇制の可否】はマスメディアの大きな【タブー】であって、議員もあえて口にできないのか?
今の日本はもうビラまきだけで、75日間も拘留される時代になってるし、
自衛隊はアメリカ様と共に軍事行動している。
目立たぬようにひたひたと、異論を許さない戦前の日本に逆戻りしている。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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