パピヨンのテーマ 2
投稿者: theme_from_papillon 投稿日時: 2005/03/30 00:36 投稿番号: [68036 / 118550]
>>米軍による武力行使の犠牲者が1万人で、革命による犠牲者が
100万人でも、そうお考えですか?
>そういう「仮定」での比較は意味がないと言っています。
イエスと応えても、それを以って、あなたが多くの犠牲を望んでいるとは
考えませんが、その問いに応えることによって、あなたの反対意見が、
どのようなものに根ざしているかというのは、おおよそわかります。
さすがに、1対100では躊躇する気持ちはわかりますが、
あなたは、前回、革命による民主主義への移行が米国の武力行使よりも、
はるかに多くの犠牲を伴うとしても、前者が好ましいと応えました。
これは、あなたが反米狂で無い限り、人命よりも大切だと思うものが、
国家の枠組みであることを、示唆しているようにも見えるが、そうではなく、
それが、戦争を起こさないための国際社会の鉄則だという信念に基づいた
もののように思える。そのような考えは、近年まで国際社会が平和を保つた
めの考え方ではあります。
実際、国際社会は北朝鮮のように300万人が餓死しようが、フセイン政権
下のイラクのように数十万人が虐殺されようが、一部の者だけが優遇されて
大半が虐げられた状態におかれようが、国際社会は効果的な手を打つことも
できないくせに、政権打倒という考えには至らなかったわけです。
しかし、これは平和を保つためというよりは、利己的な考え方に根ざしたもの
だろうと思う。何故なら、もし、日本や米国などの自由民主主義国家で、独裁
政権が誕生したら、百万の人命を犠牲にしてでも政権打倒の戦いが始まるだろ
うと思うからです。
民主主義は他国の武力攻撃によって得るものではなく、国民が流血を覚悟して
自らの手で獲得するべきものであるという考えは、欧米諸国に民主主義が根付
いた頃は、一定の説得力があった。と言うのも、市民の武力と政府軍の武力と
の間に大きな差がなかったからである。
だからこそ、独裁国家の支配者は民に支持される政権を目指すことに精力を傾け
ざるをえず、残虐な政権は滅びていった。
だが、現代の独裁国家は市民から重火器などの武器を取り上げ、政府軍は近代
的な兵器で武装している。ここでは厳重な相互監視体制を敷き、軍の内部に
反逆者が出るのを防ぎさえすれば、大量虐殺を行なおうが、大半の国民を
虐げようが、支配者は安泰だ。
民主主義国家は科学技術を発達させ、産業も政治的にも未発達な独裁国家に、
それらの近代兵器を輸出し、政府軍を強固にさせておいて、民主主義国家に
なりたかったら、市民が起ち上がらなければならないなどと言う。
なんと無責任なことであろうか。
それでも、緩やかな独裁であるなら、時が来て政権が打倒されることもある。
だが、厳重な相互監視体制下におかれ、どうすることもできなくなった人々は
どうすればいいというのだろう。
アフガンの異常なまでの圧制に苦しむ民衆の声は、国際社会には届かなかった。
その悲痛な叫びが911テロという形になって世界を揺るがしたように思える。
テロ組織はそのような国家であるからこそ棲み付くのである。
さらに、テロ組織の存在は個人的恐怖独裁国家が正体を明かすことなく、大量
破壊兵器を使用できることを示している。
霧の一粒が皮膚に付着しただけで、のた打ち回って死ぬほど毒性の高い化学兵器や
強力な生物兵器が都市で使用されたときの状況は、実感として湧かないのは無理
もないかもしれぬが、以前書いた方法を思い起こして頂ければ、それが現実に起こ
りうることがわかると思う。実は核弾頭まで都市に持ち込む方法はいくらでもある。
(地下鉄サリン事件では、警察の気を引くのが目的であったし、犯人も自分に危険が
及ばないようにするために、かなり薄めていた。フセイン政権はサリンより安定性が
あり、その10倍の毒性を持つ化学兵器の開発にも成功していた)
100万人でも、そうお考えですか?
>そういう「仮定」での比較は意味がないと言っています。
イエスと応えても、それを以って、あなたが多くの犠牲を望んでいるとは
考えませんが、その問いに応えることによって、あなたの反対意見が、
どのようなものに根ざしているかというのは、おおよそわかります。
さすがに、1対100では躊躇する気持ちはわかりますが、
あなたは、前回、革命による民主主義への移行が米国の武力行使よりも、
はるかに多くの犠牲を伴うとしても、前者が好ましいと応えました。
これは、あなたが反米狂で無い限り、人命よりも大切だと思うものが、
国家の枠組みであることを、示唆しているようにも見えるが、そうではなく、
それが、戦争を起こさないための国際社会の鉄則だという信念に基づいた
もののように思える。そのような考えは、近年まで国際社会が平和を保つた
めの考え方ではあります。
実際、国際社会は北朝鮮のように300万人が餓死しようが、フセイン政権
下のイラクのように数十万人が虐殺されようが、一部の者だけが優遇されて
大半が虐げられた状態におかれようが、国際社会は効果的な手を打つことも
できないくせに、政権打倒という考えには至らなかったわけです。
しかし、これは平和を保つためというよりは、利己的な考え方に根ざしたもの
だろうと思う。何故なら、もし、日本や米国などの自由民主主義国家で、独裁
政権が誕生したら、百万の人命を犠牲にしてでも政権打倒の戦いが始まるだろ
うと思うからです。
民主主義は他国の武力攻撃によって得るものではなく、国民が流血を覚悟して
自らの手で獲得するべきものであるという考えは、欧米諸国に民主主義が根付
いた頃は、一定の説得力があった。と言うのも、市民の武力と政府軍の武力と
の間に大きな差がなかったからである。
だからこそ、独裁国家の支配者は民に支持される政権を目指すことに精力を傾け
ざるをえず、残虐な政権は滅びていった。
だが、現代の独裁国家は市民から重火器などの武器を取り上げ、政府軍は近代
的な兵器で武装している。ここでは厳重な相互監視体制を敷き、軍の内部に
反逆者が出るのを防ぎさえすれば、大量虐殺を行なおうが、大半の国民を
虐げようが、支配者は安泰だ。
民主主義国家は科学技術を発達させ、産業も政治的にも未発達な独裁国家に、
それらの近代兵器を輸出し、政府軍を強固にさせておいて、民主主義国家に
なりたかったら、市民が起ち上がらなければならないなどと言う。
なんと無責任なことであろうか。
それでも、緩やかな独裁であるなら、時が来て政権が打倒されることもある。
だが、厳重な相互監視体制下におかれ、どうすることもできなくなった人々は
どうすればいいというのだろう。
アフガンの異常なまでの圧制に苦しむ民衆の声は、国際社会には届かなかった。
その悲痛な叫びが911テロという形になって世界を揺るがしたように思える。
テロ組織はそのような国家であるからこそ棲み付くのである。
さらに、テロ組織の存在は個人的恐怖独裁国家が正体を明かすことなく、大量
破壊兵器を使用できることを示している。
霧の一粒が皮膚に付着しただけで、のた打ち回って死ぬほど毒性の高い化学兵器や
強力な生物兵器が都市で使用されたときの状況は、実感として湧かないのは無理
もないかもしれぬが、以前書いた方法を思い起こして頂ければ、それが現実に起こ
りうることがわかると思う。実は核弾頭まで都市に持ち込む方法はいくらでもある。
(地下鉄サリン事件では、警察の気を引くのが目的であったし、犯人も自分に危険が
及ばないようにするために、かなり薄めていた。フセイン政権はサリンより安定性が
あり、その10倍の毒性を持つ化学兵器の開発にも成功していた)
これは メッセージ 67994 (bonno_216 さん)への返信です.
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