対イラク武力行使

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パピヨンのテーマ 1

投稿者: theme_from_papillon 投稿日時: 2005/03/27 16:13 投稿番号: [67913 / 118550]
>>イラクの非協力的態度を国連査察団ブリクス委員長が示した
>>ことは、相変わらず査察継続を要求する安保理への不信感を
>>米国民に植えつけました。


>米国民が脅威を誤認した理由は、騙す意図を持った集団によるミスリードです。


米国民はブリクス委員長が中立であったと考えていたでしょう。
だからこそ、フセインが、過去に査察を妨害していたこと、廃棄された証拠を
示さなかったこと、科学者に対する単独聴取ができない状態にあったことなどが
事実として認識され、イラクへの疑心暗鬼をもたらしたと思います。

もしかしたら、科学者がイラク政府代表者の同席がないと単独聴取に応じなかった
ことは、イラク政府による妨害ではなく、単独聴取に応じたがために、まずいこと
になったら、自分の責任にされることを科学者自身が恐れていたからということも
考えられます。(そのような事情を知った上で、積極的に応ずるよう、イラク政府が
促して欲しいということだったかもしれないが)

だが、これは結局、イラクが独裁国家であるからこそ生じる問題ではある。


>>それよりも強大なフセイン王朝は、彼の退任後も実の息子たちによって
>>引き継がれていくことになっていました。

>ウダイ氏は健康上の理由(脚の壊死)で次期政権構想から外されていました。
   クサイ氏は父親からの政権禅譲が期待できないと見て、クーデターを企てていたと
   言われています。
   イラク政権内に隠然たる影響力を持っていたアジス氏の存在を忘れていませんか?


下記が一般的な解釈だと思います。

オンライン・イラク辞書・事典(URLを貼り付けると自動的に投稿できなくなります)
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クサイ・フセイン

違う綴り:クサイ・サッダーム・フセイン・アッティクリーティー
キーワード: 有名人
関係有る記事: サダム・フセイン , モスル
関連サイト: http://en.wikipedia.org/wiki/Qusai_Hussein
説明:1966年サダム・フセインとその従姉妹サージダ・ハイラッラーの間に次男として生まれる。残酷な性格の長男ウダイと違い次男のクサイは低姿勢だった。2000年にサダムフセインの後継者に選ばれイラク情報部と共和国防衛隊の責任者に成る。2003年7月にモスルでウダイ並びに子供のムスタファと一緒にアメリカ軍に殺される。
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加えて、ウダイがクサイへの政権移譲に素直に同意するかは疑わしい。
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