re:パピヨンの視点(2)
投稿者: bonno_216 投稿日時: 2005/03/08 16:20 投稿番号: [66584 / 118550]
「権力」とは権利の所有者が非所有者に対してふるう「力」のことです。主権在民の概念では、権利を委任された機関こそ存在しますが、専権者は存在しません。便宜上、国民から権利を委任された機関が国民に対してふるう「力」を権力と呼ぶことが一般的ではありますが、本来の意味で言えば「権力」は消滅するということです。もっとも、前にも書いたように真の民主は非現実的なファンタジーですから、社会から完全に「権力」が消滅することなどあり得ないのですが…。
「独裁体制はより強力な武力なしでは打倒できない」についてですが、ソ連は外国からの武力行使を受けずに体制変換しましたよね。ソ連の人民が、あの強大なソ連軍より武力に於いて勝っていたわけじゃないのに…です。イラク軍およびイラク国民の間にある武力ギャップと、ソ連軍およびソ連国民の間にある武力ギャップでは、どちらが大きかったと思われますか?
政府の軍備と国民の武力ギャップが大きいゆえに市民革命が不可能というなら、ソ連の事例をどう説明できるのでしょう?
国家やそれに準ずる共同体の前提なしに民主の概念を説明せよとのことですが、あなたは「国家なくして民主主義はない」と言ったのではなく「国家権力なくして民主主義はない」と言ったのですよ。いきなり論証テーマをすり替えないでください。とはいえ、「民主は国家の枠にとらわれない」と言ったのは私ですから、以下にその論証を記しますね。
上でも書きましたが、民主は専権的権力の消滅(不可能ですが)を目指す思想です。しかし、民主国家に於いては「国民」が専権的権力を有します。つまり他国民に自国の決定権を渡さない…という意味で、権利の所有者と非所有者を区別するわけです。このことは、民主国家間に於いても対立や紛争が存在するということに繋がっています。そこで、武力による侵略は、被侵略国の国民にとって民主的権利(国家主権)の侵害ですが、侵略側の国民にとっては他国民が持つ専権的権利を消滅させる=民主化の戦いということになります。ここに「民主国家」は「民主」と相対する…というパラドックスを見ることができます。
これは メッセージ 66583 (bonno_216 さん)への返信です.
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