Re: パピヨンのテーマへの反論 5-3
投稿者: cosmic_belt 投稿日時: 2005/03/05 20:06 投稿番号: [66402 / 118550]
●bonno_216 さん
<<A>>
これは「危機を誤認してパニックに陥ったときは…」に訂正すべきですね。つまり危機が事実であれ誤認であれ、
国家が生命体と同じように「本能的」な行動をもって対処することを「是」もしくは「必然」とするなら、国際法など、
なんの役にも立たないってことです。
●私
核ミサイルであった場合は誤認ではないでしょう。
事実が正確にはわからない状況下で危険度に応じて対処せざるをえない場合があるという一例を示すための思考実験です。
●bonno_216 さん
国内法でも同じですね。被害妄想に基づく殺人を「是」もしくは「必然」とするなら、刑法はなんの意味も持ちません。
●私
当然です。
●bonno_216 さん
あなたの「核ミサイルかも→撃ち落とせ」を例に話ましょう。実際には核ミサイルじゃなかった他国のロケットを撃ち落とした時、
国際法的には「賠償と謝罪」が要求されますよね。落とす側は、その不利益と「もし核ミサイルだった」時の不利益を天秤にかけて判断します。
そして核ミサイルである確率が、ある程度高いと予測される時は躊躇なく撃墜するだろう…というところまでは、あなたの理論に賛成です。
●私
<<A>>の発言と矛盾しているようですが・・・。
●bonno_216 さん
問題は、その時の予測に基づく「判断」に誰が責任を持つか?…ということです。私には、あなたが「これは危機回避システムに基づく、
原則的行動だから、間違っていても責任を持つ必要はない」と言っているように聞こえるのですが、違いますか?
●私
違います。
選択した結果が正しいとも言っていません。
人間の判断というものは、そういうものだということです。
対イラク武力行使の背後にある人間、或いは国家の行動も、将来の危機を回避するという自然な欲求に基づくものである
ということですが、その欲求を行動に移すとき、国際間の場合は、国内の場合のようにFBIがやるような徹底的な捜査ができない以上は、
厳格な証拠に基づくやり方では役に立たない場合があり、その場合は危険度に応じて対処する性質を持っているということです。
●bonno_216 さん
私も、国家間に於ける危機の認識が、国内裁判並みの明確な「証拠」に基づくべきだとは言いません。
しかし、認識が間違っている可能性を無視して、武力攻撃を「是」とするならば、被害妄想に陥った者は全て正当となってしまいます。
●私
超短編小説以下をもう一度お読み下さい。
認識が間違っている可能性を無視しているわけではありません。
その可能性があるからこそ絶対的な「危険」ではなく、「危険度」なのです。
以下の文も、もう一度お読み下さい。
*****************************************************************************************
国内では、ある人間がどんなに危険だと思われていても、確固たる証拠がない限り、
刑罰を与えることはない。この原則を可能にしているものは、国内の場合は徹底的な捜査が
可能であるということだ。
しかし、他国の場合はそうはいかない。従って、各国は情報を基に危険度を予測して行動する
ことになる。
もちろん、これを無制限に認めたなら、軍事大国がやりたい放題という世界になってしまう。
その辺の線引きが難しいのであるが、国際社会が国内裁判に匹敵するような証拠能力を求める
なら、軍事大国は端から国際世論を無視する姿勢をとることになる。
更に、当事国が感じる危険度というものが、他国にとっては過小に評価される傾向も考慮し
なければならない。
以上のようなことを織り込んだ安全保障というものを考えないと、世界の真の安定は望めない。
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<<A>>
これは「危機を誤認してパニックに陥ったときは…」に訂正すべきですね。つまり危機が事実であれ誤認であれ、
国家が生命体と同じように「本能的」な行動をもって対処することを「是」もしくは「必然」とするなら、国際法など、
なんの役にも立たないってことです。
●私
核ミサイルであった場合は誤認ではないでしょう。
事実が正確にはわからない状況下で危険度に応じて対処せざるをえない場合があるという一例を示すための思考実験です。
●bonno_216 さん
国内法でも同じですね。被害妄想に基づく殺人を「是」もしくは「必然」とするなら、刑法はなんの意味も持ちません。
●私
当然です。
●bonno_216 さん
あなたの「核ミサイルかも→撃ち落とせ」を例に話ましょう。実際には核ミサイルじゃなかった他国のロケットを撃ち落とした時、
国際法的には「賠償と謝罪」が要求されますよね。落とす側は、その不利益と「もし核ミサイルだった」時の不利益を天秤にかけて判断します。
そして核ミサイルである確率が、ある程度高いと予測される時は躊躇なく撃墜するだろう…というところまでは、あなたの理論に賛成です。
●私
<<A>>の発言と矛盾しているようですが・・・。
●bonno_216 さん
問題は、その時の予測に基づく「判断」に誰が責任を持つか?…ということです。私には、あなたが「これは危機回避システムに基づく、
原則的行動だから、間違っていても責任を持つ必要はない」と言っているように聞こえるのですが、違いますか?
●私
違います。
選択した結果が正しいとも言っていません。
人間の判断というものは、そういうものだということです。
対イラク武力行使の背後にある人間、或いは国家の行動も、将来の危機を回避するという自然な欲求に基づくものである
ということですが、その欲求を行動に移すとき、国際間の場合は、国内の場合のようにFBIがやるような徹底的な捜査ができない以上は、
厳格な証拠に基づくやり方では役に立たない場合があり、その場合は危険度に応じて対処する性質を持っているということです。
●bonno_216 さん
私も、国家間に於ける危機の認識が、国内裁判並みの明確な「証拠」に基づくべきだとは言いません。
しかし、認識が間違っている可能性を無視して、武力攻撃を「是」とするならば、被害妄想に陥った者は全て正当となってしまいます。
●私
超短編小説以下をもう一度お読み下さい。
認識が間違っている可能性を無視しているわけではありません。
その可能性があるからこそ絶対的な「危険」ではなく、「危険度」なのです。
以下の文も、もう一度お読み下さい。
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国内では、ある人間がどんなに危険だと思われていても、確固たる証拠がない限り、
刑罰を与えることはない。この原則を可能にしているものは、国内の場合は徹底的な捜査が
可能であるということだ。
しかし、他国の場合はそうはいかない。従って、各国は情報を基に危険度を予測して行動する
ことになる。
もちろん、これを無制限に認めたなら、軍事大国がやりたい放題という世界になってしまう。
その辺の線引きが難しいのであるが、国際社会が国内裁判に匹敵するような証拠能力を求める
なら、軍事大国は端から国際世論を無視する姿勢をとることになる。
更に、当事国が感じる危険度というものが、他国にとっては過小に評価される傾向も考慮し
なければならない。
以上のようなことを織り込んだ安全保障というものを考えないと、世界の真の安定は望めない。
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これは メッセージ 66288 (bonno_216 さん)への返信です.
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