so_what108さん、皇国史観について
投稿者: pinky_39399 投稿日時: 2005/01/28 13:41 投稿番号: [63065 / 118550]
昼休みに書くものなので、時間を省くため読み直ししませんので、誤字脱字が多くてもご了承ください。
>神道を狂信的なものに変質させた国学
平田篤胤のことですね。
それは、私も皇国史観に影響を与えたことは、間違いないともいます。
朱子学の点で異なるとおもいますので、
そこの点で、私の考えを述べておきます。
尊王攘夷は、朱子学の根底が存在することはご存知でしょうか?
幕府は、治安を安定させるために朱子学を採用し、
「今後、幕府は、天皇より政治一切を任されているので口出し無用。」
ということです。
しかし、これが生じて、黒船来航で
幕府が天皇の了承なしに開国してしまって、日本はスーパーインフレに陥り、
これでは、おかしいのではないかという話がではじめた。
そこで直に天皇を担ぎ出した薩長は、
明治維新に成功しました。
明治維新になり、皇国史観を担ぎ出したのはその人々です。
国学と朱子学が結びつき、そうなったのであるから、
「儒教が他の国でもあるので、その国が皇国史観を持たなかったので、日本の皇国史観が国学だけで起きたものである。
」
というより、朱子学も合体して、日本独自の皇国史観になったのです。
ただ、国学が多大な影響を与えたことは間違いないので、
so_what108さんはが
「朱子学も影響はある。」
という考えであれば、そうでして、
そのことを強調するのみにとどまるのであれば、意見は一致して、
私との相違は無いとおもいます。
私の考えは、朱子学がなければ、
皇国史観は起きなかったので、
「朱子学と国学は、合体して皇国史観が起きたのだ。」
(なぜなら、明治維新が起きなかったから)
という考えです。
これで納得していただけたでしょうか?
これは メッセージ 63040 (so_what108 さん)への返信です.
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